ナルなナルとナル


■五・風呂場にて

 くぐもった雨のような音が聞こえる。
 シャワーの音が、奈留のいる浴室から響いていた。
 ダイニングキッチンからそこへに行くには、いったん廊下に出てからすぐ脇の脱衣所に入り、
さらに浴室へと移動せねばならない。だが、直線距離ならば台所から壁一枚隔てただけで奈留が
いる。だから音だけならば、とても近くに感じる。
 奈留はたぶん、母さんと親父が出かけたことを知らない。だから俺が、突然浴室に闖入するな
んて思ってもいないはずだ。
 あまり広くない家の中。
 そこにいるのは、思考の中枢に性欲があるような年代の男子と、自分の身体についてよく解っ
てない、にわか女の二人きり。よくも親も気にせず出かけられたもんだ。
 確かにウチの親は、昔からそういうところはあった。性に奔放とか、そういうわけでもないん
だが、ことさら俺に関しては性に未成熟なままだと思っている節がある。俺の部屋の押し入れを
引っ掻き回したら土石流のようにエロ本が出てくるとか、俺のパソコンのHDDを暴いてみたら
エロ画像で圧迫されかけてるとか、夢にすら思ってないだろう。甘いよ、御両親。あんたらの息
子は、普通に男として育ってるということだ。今だって、股間は猛る男そのものだ。
 そういえばそれほど遠くない過去にも、何度となく歳の近い従姉妹だけと、この家で過ごした
ことがあった。その時だって母さんも親父も仕事で出かけてしまったが、とくに俺になにか注意
を残していきもしなかった。俺がなにもしないと思っているのだろうか。まぁ実際、その時はな
にもしなかったんだが。
 あれ?
 ちょっと待てよ。
 俺って、今まで女と二人だけになっても、その相手を真剣に抱きたいとか思ったことがあった
だろうか?
 女の体のことを考えると、勃起はする。これは俺ぐらいの年代の男なら誰でもそうだと思う。
 オナニーをするのに、やっぱりエロ画像を見たり、クラスの女子の勝手な痴態を脳内拡張子a
viで妄想したりもする。だが、そこからもう一歩踏み込んで、特定の女を押し倒してでもセッ
クスに及びたいだなどと思ったことは無かったような気がするぞ。
 やはりそれは、俺自身が生粋のナルシストだったからということなのか。自分を特別だと思う
ぶん、そのへんの適当な女とはしたくはないって気持ちはあった。
 だけどそう思う反面で、ある程度以上の美人で、しかも向こうからさせてくれる女がいるのな
らば、この夏のうちに童貞を捨ててしまおうかとも考えていたのも事実だ。さすがに童貞のまま
高校を卒業したくはなかった。理由なんて曖昧だが、漠然とそう思っていた。とにかく、通りの
向かいの肝川さんみたいにはなりたくない。
 肝川さんところの息子の耕太ってオッサンは、誰が呼んだかキモータと呼ばれていた。ビモー
タならかっこいいが、キモータだから救われない。容姿がチビデブ老け顔、しかもヲタクと、な
んかもうトコトン名は体を現すオッサンなのだ。たしか、まだ二十代半ばぐらいのはずだ。
 世の中、三十を超えてもアニキと呼んでおかしくないような連中もいる。物理の大仁田や昔か
らの悪事の師匠である従兄弟のリキ兄ちゃんなんかは、三十超えても俺の中ではまだまさに現役
アニキ格だ。だが、二十代でもオッサンはいる。キモータを見るたびに、人間っていろんな奴が
いるんだな、と思わされる。造形の神様は不公平だ。
 そういったキモータみたいな人を見てると、なぜか早く童貞を捨てないと、取り返しの付かな
いことになるような強迫観念に駆られてしまうのだ。
 話を戻す。
 俺は、意地になってまで特定の女を抱きたいと思った過去は無い。
 いや無かった、だ。過去形にするのが正しい。今は違うのだから。
 俺のモノは、いまだビンビンに上を向いたまま硬い。
 そして、俺は女を求めている。
 その女とは誰か?
 過去、オカズ使用回数ランキングナンバーワンの、巨乳同級生、藤原弓佳だろうか?
 違う。あれは射精誘導用妄想対象だ。
 では、これまたオカズ率の高いグラドルか?
 違う。それらは射精誘導用観賞対象だ。
 俺が抱きたいのは奈留だった。今、他に考えられない。
 どうしてしまったんだろう。自分で自分が制御出来ないかもしれない。あるいはそれすらも言
い訳かもしれない。とにかく抱きたい。そこまで求めるのは、奈留が自分の分身だからか?
 なんて悶々と考えている間に、ほら、俺はもう脱衣所に来てしまったよ。
 洗面台の鏡に映る俺の顔は、なんだかいつも見慣れたものとちょっと違って見えた。
 俺って、本当にこの顔を愛していたのか。そんなことも思い出せない。いつもならば、つい三
十分は見とれてしまう自分の容姿。それに対して以前ほど興味が沸かないのはなぜだろう。
 とにかく今は、奈留の顔のほうが愛しい。あの顔が、羨ましくすらある。
 さてイキナリ開けて入るべきか? ならば裸で望むべきか? 風呂場は狭くなかろうか?
 なんて悶々と考えている間に、ほら、俺はもうパンツも脱いでしまったよ。
 問答無用で押し倒そう。だって奈留は俺なんだし、好きにして構わない。キスだってOKした。
ハウツー本によれば、確かキスまでいけばそのあとの確率も高いとか書いてあったっけ。
 なんて悶々と考えている間に、ほら、俺は浴室のドアを開けてしまったよ。
「ん? 母さん?」
 間抜けだな奈留。俺だよ。静だよ。
 髪を洗う癖まで俺と一緒のはずだ。俺は目を瞑ってシャンプーする。修学旅行で友達に「子供
みたいだな」と言われたが、直らない癖だ。直す気もない。
 だから風呂椅子に座って頭を洗ってる奈留も、あっち向きで顔は見えないものの目は瞑ってい
ると思われた。しかし、洗髪中でもシャワーをジャージャー出しっぱなしなのは、こうやって改
めて客観的に見ると悪い癖だと思う。次から気を付けよう。俺の振り見て我が振り直せ。
「あー良かった。リンス切れちゃったんだ。取ってくれる?」
 俺を母さんだと思ってるらしい。こっちに華奢な背中を向けて、完全に無防備だ。脊椎の浮い
たちょっと痩せ気味な背中といい、椅子の上の小さい尻といい、俺の理想の裸がそこにあった。
ただし後ろ向き限定。何度でも言おう。オッパイは、もっとあってくれ。
 なんて考えている間に、さぁ早くも俺、限界。
 男って、みんなそんなもんだよな。な。
「ひっ!?」
 奈留が空気を吸うような悲鳴を上げたのは、屈んだ俺が後ろから抱き付いたのと同時だった。
「し、静ッ?」
「ぴんぽーん。せーかーい」
 奈留の脇から前へと回した両手で、極めて遠慮がちなサイズの乳房を遠慮もせずに握った。
 女のオッパイって……とくに大きいわけでもなくても、すげー柔らかいんだなぁ。そのくせ、
指の腹に当たるコリコリした乳首の感触は不思議と硬めだ。たまんねぇ。
「ななな、なにすんだ、変態ッ!」
 奈留は暴れて俺の拘束から逃れようとする。だが、俺は腕力に物を言わせてそれを許さない。
オッパイを拘束するのをひとまず左手だけにし、右腕でがっちりと細い奈留のウエストをホール
ドしてしまう。その束縛に抗って暴れる奈留の髪に残っているシャンプーが、俺の頬やら肩やら
に付く。だが弱々しい奈留の力では脱出どころか、俺の腕を引き剥がすことすら叶わない。こう
いうのって強姦みたいで、けっこうクルものがあるな。
「なぁ、奈留ぅ、させてくれよぉ」
 奈留の左耳に口を寄せて言った。言って、自分で頭が悪そうな発言だな、と思った。あまりに
欲望にストレートだ。でも、相手は俺だ、気を遣う必要はないのだ。
「ばか、なにいきなり言ってんだよッ!?」
「奈留とセックスしたいんだよ」
「こんなところで、やめろってばッ!」
 乳房を揉んでいた指の隙間から乳首をこぼすと、それを指と指の間で挟み、握力に任せて刺激
してやる。
「痛い、痛い、やめろって」
 奈留は、再び両手で俺の腕を掴んで引き離そうとしたが、シャンプーで滑って巧く出来なかっ
た。それ以前に腕力がとことん無さ過ぎる。
 女って本当に弱いんだな。そう考えると、背筋がゾクリとする。
 苛めるのは楽しい。俺自身なんだから誰にも気兼ねは無い。これも一種の自虐だ。
「おいおい、本当は気持ちイイんだろ?」
「痛いんだって!」
「そのうち気持ちよくなるよ。耐えろ」
「なるわけないだろ、こんなの、やめてくれッ!」
 男言葉だが、声は女のそれだ。
 しかも、なんとも微妙に俺の鼓膜を心地よく揺らす声色であるうえに、舌っ足らずな喋り方も
含めてすべてが俺のツボにはまるのだ。奈留という俺の分身は、まるで俺を喜ばせるためだけに、
そこにいるかのようにすら思えてしまう。いや、そうなんだろう、じっさい。決定。
「やらせてくれ、な、俺同士なんだし、イイだろう?」
「いた、いた、いたたた」
 本当に痛そうだった。乳首ってこんな程度のつまみ方で痛いのか。扱いが面倒だ。
「いいだろ?」
 俺は乳首を挟む力を弱めた。
「いたた……じょ、冗談じゃないって。潰れるだろ」
「そんな簡単に潰れるかよ」
「本当に痛いんだぞ」
「だからやめたろ」
 あまりにうるさいので、乳房を揉むだけにした。
「そ、それだって、そんな強くされたら、けっこう痛いんだぞ」
 乳房も痛いんだ。というか、どこもかしこも痛いのか、女は? 面倒臭い生き物だ。
「解ったよ……こんぐらいでいいか?」
 俺は揉む力をざっと半分以下にした。
「そのぐらいなら……って、なんで静がここにいるんだよ? 母さんと、親父は?」
「出かけた」
「えー!?」
「だから、しょうよ。な、な、な、な、な?」
「だから、ってなんでだよ。と、とにかく、放してって。こんなの、気持ちの整理がまるでつか
ないよ」
 なんか今にも泣き出しそうな声だった。泣かすのも悪くない、かな?
 でも今はやめとこう。とっととしたいしな。
「じゃあ放してやるからさ、アソコ見せてよ」
「お前、中学生かよ!?」
「お前って言わない約束だぞ?」
「そうだけど……とにかく放してくれよッ!」
 俺は、奈留をとりあえず開放した。
 奈留はホッとため息を漏らすと、乳房を隠すようにして自分の二の腕を抱いた。膝も閉じてあ
っち向きのまま背中を向け、完全に守備体勢だ。これじゃあ強引に和姦しようにも骨が折れそう
で困る。あ、強引だから強姦になっちゃうのかな。まぁいいや、被害者も加害者も俺だし。
「なぁ奈留」
「なんだよ」
「させてくれ」
「それしか言えないのかよ!?」
「好きなんだからさせてくれ。愛してる」
「――!」
 これって便利な言葉だな。台所のキスでもそうだったが、愛してるとか好きとかいうだけで奈
留の動きが一瞬止まる。速攻で効く麻酔銃みたいだ。切れるのも、けっこう速攻なんだが。
「とにかく……今ここでじゃイヤだよ。風呂ぐらいゆっくりさせてってば」
 なんか奈留の言葉が少しずつ女っぽくなっている。女言葉ってほどでもないが、言葉遣いが、
ちょっと柔らかくなっている。順応してるのか、それとも女を楽しんでいるのか。
「なぁ奈留、男の気持ちっての知らないってワケでもないだろ。つか、これ見てみろよ」
 俺は、自分のいきり立ったペニスを奈留に見せようとして立ち上がった。こんなになってるモ
ノと欲情をなんとか処理したい。それをもう一人の俺に伝えようとした。
「……見たくないよ」
「へ?」
「見たくない」
「なんだってッ!?」
 どういうことだ。俺だろお前は?
 それが俺のモノを見たくないって、どういうことなんだ。
 なんだか、ものすごい裏切りにあった気分だった。
「ふざけんな、こっち見ろッ!」
 俺は、奈留のシャンプー途中だった髪を掴んでこっちを向かせようとした。
「い、痛いっ!」
 ダメだ。奈留の悲鳴は切なすぎて可愛い。
 泣かせたい。
 汚したい。
 とことん、苛め抜いてやりたい。
 つい、そんな欲望に後押しされてしまう。
「見ろって言ってんだよッ! 自分のだろッ!」
「わ、解ったから、髪引っ張んないでよ。痛いんだってばぁ」
 頼む。その中途半端に女っぽい語尾やめろ。たまらん。いや、やっぱりやめないでくれ。むし
ろ奈留はそれでいい。可愛い。たまらん。
 渋々とだが、奈留は風呂椅子の上で尻をターンさせると、こっちに向き直った。けれど両脚も
しっかり閉じ、胸もきっちり両手で隠したままだ。オッパイもアソコも見えない。毛ぐらい見せ
てくれてもいいのに。いまどきヘアは暗黙の了解で解禁だろ。とにかくなんか損した気分だ。
「見ろよ、こんなになってるんだぞ!」
 風呂椅子に座ってる奈留の顔の高さは、立っている俺の股間とほとんど同じ高さだった。だか
ら目の前で俺の反り返りを見ることになっている。
 って、まだ顔と目線を逸らせてるな。
「ほら、見ろ!」
 俺は奈留の細い顎をすくうように掴むと、勃起しているペニスへと向かせた。
 諦めが付いたのか、奈留は目の前で反り返る俺のモノを見た。ちょっと寄り目がちになって、
またその表情がたまらん。

「どうだ、こんな状態のままで、自分で可哀想だと思わないか?」
「……それは」
 おい、なんで赤くなってるんだ。さんざん見慣れたモノだろうに?
「お前のこと考えて、ずっとこんなに勃っちゃってるんだぞ。なんとかしてくれ。奈留だって、
こうなった男の心理は解るだろ?」
「解る……けどさ……なんとかって……」
「知らないわけないだろ。どうすれば収まるか」
「……やればいいじゃん――」
 俺は奈留の言葉を御都合変換で「好きに犯せばいいじゃん」と判断して喜悦しかけたが、すぐ
にそれが誤変換だったと悟らされることになる。
「――自分で」
 はい、正解は「好きに自分で処理しろ」でした。おいおい、冗談じゃないぞ!
「マジで言ってんのかよッ!?」
 俺の怒声が狭い浴室に響いた。
「だって、今までそうやってきたじゃん。いつだって一人で……」
「今は奈留がいるんだぞッ!?」
「ぁたしは……」
 また、目線を逸らしやがった。
 なんだよ。これじゃあ、ただの女と一緒じゃないか。いや、ただの女ってのもHしたことない
からどんなものかは解らないけど、なんかこんなもんだろうって漠然とした想像はある。
「ぁたしは……静の右手じゃない」
「――!」
 俺は、しばらく次の言葉すら出なかった。
 おかしいよ奈留。そんなの、なんか違う。俺は俺のために無条件で頑張れるんじゃないのか。
お前のしていることは、俺自身への裏切りだ!
「解ったッ! そこまでいうならいい。自分でやるッ!」
「静……」
「その代わり、奈留はそこで見てろ。最後までそのまま動くなッ!」
「え……まさか?」
「ああ、顔に出させてもらうぞ。そのぐらいイイだろ!? もう、そんで充分だからさッ!」
 吐き捨てるように言い放つと、返事も待たずに奈留の顔の前で自分のモノをしごき始めた。
「し、静……」
「うるさいな、気が散るだろッ!」
 俺は、黙々と自分のものを刺激した。
 その先っちょの、二十センチも離れてない先に奈留の顔がある。
――シュシュ、シュシュ、シュシュ、シュシュ、シュシュ。
 なんか空しい。だけど、手は止まらない。
「……ごめん、怒ってる?」
 奈留が俺の顔を見上げながら、消え入りそうな声で言った。その顔も可愛い。ビジュアルとし
てオカズには充分だ。そう、ビジュアルだけでいい。会話はもう邪魔だ。腹が立つばかりだから。
 俺は奈留の問いかけに対し、シャワーの音で聞こえない振りをした。
「怒ってる?」
 さっきより大きい声で訊かれた。
 無視も出来ない。というか、いちいちそっちに気を遣わされては、なかなかイケない。
「自分で考えてみろよ。奈留が俺だったら怒らないと思うか? もういいから黙っててくれ。今
俺が用があるのは、お前の可愛い顔だけなんだから」
 まったくなんてことだ。
 奈留がいるのに、これじゃあエロ画像オナニーと一緒じゃないか。情けないぞ。
 でも、しごく行為自体は気持ち良くてやめられないんだ。男って単純な生き物だな。
「静……」
「うるさいっての! あとちょっとなんだから集中させろッ!」
「そんなに……怒らないでよ」
 へんに女の語調っぽく奈留がいった。いや弱気だからそう聞こえるだけかも。
「よし、じゃあ怒らない代わりに、呆れてやる。はい、もう、お前は黙れッ!」
 俺は、つい気にかけていた「お前呼ばわり禁止の約束」を破ってしまっていた。それだけ余裕
が無いんだ。あと少しでイケそうなのに、いちいち会話に気を取られて、発射に至れない。
「だって……ぁたし……どうしていいか解らなくて」
 知るか。男が勃起したら射精したいだけ。そんな単純なことがなんで解らない。
「それになんか……怖かったから……」
 奈留が顔を斜めに逸らした。その頬に涙がつぅと流れる。
 おいおい、そりゃあ不意打ちだ。
 しかも、その涙を拭おうと片手を頬に回したもんだから、片側の乳首が丸見えになった。
 つまり不意打ち二連発!
「うお、やべぇッ!」
 奈留の泣き顔と、色素の薄い乳首を見た瞬間、それまで右手でしごいていた俺のペニスが自分
勝手に律動した。
 出るッ!
 俺の思考は、その単語で支配された。
――リュッ、リュッ、リュッ、リュッ!
 そんな音でも聞こえそうな勢いで、俺の精子が舞った。
 何発かは俯き加減の奈留の顔にかかった。外れたぶんも、細い肩や二の腕に飛んだ。
 やっぱ違う。エロ画像オナニーなんかと違う。そこに奈留がいる。奈留にかかってる!
「おぅぅッ!」
 いつものオナニーならば、放って少しもすれば手の動きを止めた。それで満たされるからだ。
興奮に飽きると表現すれば正しいか。
 だが、今の俺の手は止まらなかった。奈留の顔に、もっとぶっかけたい。俺が枯れても、腰の
奥からすべてを出したい!
 だが現実はそこまでだ。
 出る量なんか決まっている。ネットで見るエロCGみたいにホイップクリームをぶちまけたよ
うな征服の仕方なんか、とうてい無理だ。
 出すものを充分に出し尽くすと、俺の手は電池切れの玩具みたいに止まった。
「……はぁ」
 俺はため息を吐いた。情熱は、急速に覚めるもんだ。
「……もういい。終わったよ。なんか空しくなったけどな」
 俺は出しっ放しのシャワーを取ると、湯温を下げた。お湯のままだと、精子が浴室のそこらじ
ゅうで半熟卵の白身みたいに固まってしまうからだ。このへん、過去に風呂場でもオナニーをし
たことがあるので、研究済みだった。
 人肌より低い温度のぬるま湯で、自分の萎えつつあるペニスを洗った。ぬぐってもベタベタし
た感覚が掌とカリのあたりに残っている。
「奈留、ちょっと冷たいぞ?」
 いったん断ってから、こんどは奈留の顔にシャワーを向けた。
 俺がぶっかけた精液が、なんだかみっともなく奈留の顔を汚している。さっきまで猛っていた
征服者の果て無き欲望は、早くも懺悔に似た後悔へと変わっていた。綺麗で、可愛くて、それで
いて弱そうな俺の分身、奈留の顔を汚してしまったことへの罪悪感。
 まだ泣いている奈留。
 俺だって、なんか泣きたい気分だった。だけど、涙も出やしない。
 だが、奈留の涙は止まらない。しゃくりあげる嗚咽が風呂場に響く。
 俺って、こんな泣き虫じゃない。それとも女の涙腺って脆いのか?
「ごめんね、ぁたし、ぁたし」
「……なんだよ、もういいって」
 射精しちまえば、凶暴な欲求なんて失せてしまう。
 だから俺の言葉も優しくなる。そんなの本当の優しさじゃないんだろうけどな。
 じっさい、奈留の裏切りに対するわだかまりは消えてない。
 だけど、俺のモノはすでに下向きだ。シタゴコロを失っては、いまさら文句を言う気もない。
いや、なれやしない。
「ぁたし……ぁたし……」
「だから、もういいって。シャンプー流してやるから、むこう向けよ」
「……うん」
 奈留の細い背中を見ながら、頭を洗ってやった。
 残ったシャンプーをシャワーで流すと、左右に割れた髪の間から綺麗なうなじが覗いた。
 そこから繋がる華奢な線。細いんだが、女の線。俺の好みそのままの身体の線。
 これは俺なんだ。俺のものなのに、俺の好きに出来ない、俺の分身。
 いったい、なにしてるんだろうな、俺ってばよ……。
 あやうくそう言葉に出しそうになって、飲み込んだ。
 ひとしきり泡を流したあと、切れたリンスの詰め替えを取りに俺は立った。替えは脱衣所の洗
面台の下にあるはずだ。
――チャ。
 浴室のドアを開けた。脱衣所から、外気が入り肌が冷める。
――カコーン!
 背後でプラスチックの風呂椅子が転がる音が聞こえた。
 その直後、背中に感じた熱さ。
 火照った体温を伴って、柔らかいすべすべした肌が、俺の背中と、尻と、太ももの後ろに密着
する感覚。
 そして白くて細い腕が、俺のわき腹をすり抜けて、腹筋の前で組み合わされる。
 奈留が背中から抱き付いていた。小さく震えてるのが伝わってくる。
 俺はそんなでもないのに、なんで奈留ばかり、いつもこんなに緊張するんだろう。元は同じ俺
のはずなのに。
 サーーーーー、とシャワーの音だけが、やたら耳に響く。 
「おい……もう無理しなくていいぞ」
 すっかり性欲が萎えた俺は、普段では想像も付かない紳士となって対応していた。
「だって静、一人で……空しかったよね?」
「――!?」
 奈留の右手が、ゆっくりと俺の股間を目指していた。
 細い指がヘソを伝い、陰毛の上を滑り落ちて、やがてその根元へ到達する。早い。
「おい、奈留……」
 奈留は俺だ。だから俺の「形状」と「処理法」をよく知っている。しかも、後ろから抱き付い
ているから、向きも自分のモノをいじるときと変わらない。まさに慣れたもんだろう。
「静……」
 背中から伝わる震えは、まだあった。声も震えている。
「奈留、無理すんな。もういいって。――!?」
 うわ、よくない。またキタ。
 それだよ。そう、最初はそっと軽く握って、指で輪っか作って、しこしこしこ。
 背後から俺にしがみついたまま、右手で俺を刺激し続ける奈留。
「まだ……勃つ?」
 舌足らずな甘い声。震えが混じって、なおさら俺をおかしくさせる。
 一度放てば凶暴な欲求なんて失せてしまう。そんなこと信じていたのは、どこの誰だ?
 俺の機能は、見事に想像以上の復旧力を持っていた。
 しっかりと硬度と角度を取り戻す。

「口でも……いい?」
 俺の背中で、奈留が言った。

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