城山(永平寺町) 473.8m

 平成15年 4月16日(水) 晴れ 参加者5名

 緑の村ふれあいセンター発    16時45分
 城山林道入口発          16時55分
 城山登山口発            17時10分
 城山山頂               17時20分
 緑の村ふれあいセンター着    18時00分
 
 今日は教育研究会総会終了後、波多野氏の遺跡城山(じょうやま)城趾に行くという友人に急遽便乗させていただくことになった。
 パンツスーツのまま登るというのも初めての経験(^^;)。送別会用に買った一張羅のスーツだけど・・・(^^;)。
 城山登り口看板

 福井へ行く途中いつも気になっていた看板の所から山道に入る。 車が山道にさしかかると何だかうれしくなってきた。ここの所、忙しくて精神的に余裕がないので、やっぱり自然はいいなあ〜と思う。もっと近いのかと思っていたが、意外に奥行きがあって、山また山という雰囲気になってくる。
 道は狭いが舗装してあって、両側の斜面はまだ冬枯れの気配を色濃く残した枯れ草が生い茂っている。
 前に縦走した大佛寺山らしき山も見えてくる。
 登り口に車を置いて、登り始める。
城山登山路


 人工的なお堀の跡や、馬止めの跡など、地形的に当時の面影が残っている。
 九頭竜川の対岸や、勝山の平泉寺の方向も見えるようになっていて、見張りをするのにいい場所でもあるようだ。
 当時にの人たちは資材やお米をこんな所までどうやって運んだのだろうと思う。
 水も下から運んだとのこと・・・、大変だったんだろうな。


登山路2
 きれいに整備されていて、ようやく芽吹き始めた草や木の芽が可愛らしい。
 カタクリやショウジョウバカマ、イカリソウなどが咲き始めている。
 しかし、卓球シューズで山を歩くのはちょっと辛いものがある・・・(^^;)。

 永平寺町の教育委員会が国の補助をもらって整備したとのこと。
 冬枯れのせいもあるが、本当にきれいに整備されている。




登山路3 かなり急な斜面の道のない所を登る。
 承久の乱の恩賞地として、波多野義重は越前国志比庄に移ったそうだ。
 波多野義重は曹洞宗の道元和尚を所領の志比庄に迎え、永平寺を建立し、以後代々曹洞宗の庇護者になった。
 その波多野氏の居城のあった城山城趾は、古い歴史を持つ。

 道元禅師もこの城を訪れたことがあったのだろうか?
 今はただの山城跡だが、ここにも目に見えない人間に営みの痕跡があるのが不思議な気がする。
 

 馬止め跡 
ここは馬止めの跡とか。馬に乗って山道を登って来て、このあたりで下馬した所のようだ。今では志比庄の中に建てられた永平寺のほうが有名になってしまって、町名も永平寺町になってしまっているが、元を正せば志比の方が由緒ある名前・・・。

城山城趾碑 城山城趾の碑。
 山頂からは北に浄法寺山と九頭竜川、東に経が岳から法恩寺山や白山、南には大佛寺山が見渡せる。

遠景
イカリソウ白

 タラの芽がまだ出始めで、まだ固い。
 トキワイカリソウの白い花が清楚に咲き始めていた。
 タチツボスミレの薄紫も可憐だった。
 ユキザサの蕾らしきものもあった。
 ようやく待ちわびた春がやってきたことを実感する。

 知られていないだけで、まだまだいい所がたくさんある。
 少しずつ、その良い所を知っていくのもまた楽しいものだ。
 今日は幸せな時間を過ごすことができた。





 

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