平成15年11月22日晴 参加者4名
自宅発 7時30分
白山中居神社登山口10時00分
石徹白大杉 10時20分
神鳩ノ宮避難小屋着12時00分
神鳩ノ宮避難小屋発13時00分
母御石へ 13時20分
神鳩ノ宮避難小屋発13時30分
白山中居神社登山口14時40分
自宅着 17時30分
夜中雨の音がひどく、今日は山は無理かなと思っていたら朝電話がかかってきて石徹白方面の山へ行くことになる。
和泉村から石徹白への道は通行止めになっていて、岐阜県の白鳥へ抜けて石徹白へ戻るコースをとる。
途中の山道の紅葉はもう終わっているが、まだモミジが赤く色づいていてきれいだった。雨の後の水があちこちで小さな細い滝として白い糸を引くように流れていてきれいだった。
石徹白スキー場は人工降雪器の雪でもうスキーを滑っている人たちがいた。
ここまで来ると、遠くに見える山の山頂が白くなっているのがはっきり見えてくる。
小雨の中にみぞれが混じって、白山中居神社を過ぎ登山口の駐車場に着く頃にははっきりと雪になってきた。




10時に登山口の駐車場を出発する。
車が2台あり、歩き出すと足跡もありすでに歩いている人がいる模様・・・。
いきなり、石徹白の大杉まで430段の石段を登り始める。
ブナやミズナラなどの落葉樹が多くて紅葉の時期はきれいだそうだ。
葉を落とした木々の間から、周囲の山が見えてくる。
白山南縦走路19kmの看板が出ていた。三の峰の避難小屋までは約7km、いつか縦走してみたい距離だ。
15分歩いて石徹白の大杉に到着する。
石徹白道は泰澄大師が開かれた道で、白山禅定道の面影が色濃く残っている所だとか。
大杉の所に今清水社があり昔の行場の一つだったとか。
大杉は樹齢1800年、高さ25m幹周り18m、大人12人でやっと抱えられる太さだそうです。
屋久島の縄文杉よりもりっぱだという人もいるそうです。





だんだんと雪が降って、道に雪が積もってきて歩くたびにギュッギュという雪の感触が心地よい。
葉を落とした木々の間から山が見えてくる。時々青空ものぞく。
高度があがって笹が多くなってくる。ようやく小屋の屋根らしきものが見えてくる。
ここまでくると本格的な雪で5cmほどはありそうだ。
12時ようやく神鳩ノ宮避難小屋に到着。杉の木の根元に小さな可愛らしい祠がある。神鳩社跡祠と書かれている。
大師山の山頂の祠と大きさも形もよく似ているような気がする。




小屋は新しくなって2年ほどしか経っていなくて、中もきれいで清潔だった。
毛布やシェラフ、敷物・水・ストーブに灯油まで備え付けられている。
テーブルも一つあって、早速昼食に利用させていただく。
銚子が峰の山頂まで行ってこられた男性二人組が入って来られた。視界はあまりよくないようだが、よかったと言っておられた。
小屋で休憩せずに山頂へ真っ直ぐ向かったほうがよかったのかも・・・。
ストーブを焚いていても気温は2℃、やっぱり冬型の気圧配置で冷え込んでいるようだった。
暖かいみそ汁やコーヒーを飲んで休憩後、母御石まで行ってみることにする。
雪の降る量も多くなり、指先が冷たくて感覚がなくなってくるほどだった。外気温はたぶんマイナスになっていたのだと思う。
吐く息で指先を暖めながら歩く。足許はカッパズボンにスパッツを付けているので全く寒くはない。


登山口から3.3km、三の峰まで3.7kmの標識あたりまで歩いて、今日は引き返すことにする。
雪が激しく降り出してくる。しばらくの間に足跡が消えてしまっている。
ガスで視界が全く見えないというほどではないが、雲がだんだんと出てくる。

雨宿りの岩屋は、泰澄大師の母が女人禁制の白山に大師の後を追って登ったため、山の神の怒りに触れ、血の雨・槍の雨が降ってきたのを避けた場所だという言い伝えがあるそうです。
おたけり坂は女人禁制を犯してまで白山へ登ろうとした大師の母が山の神の怒りにふれて試練を受けた坂です。





今清水社跡・今冷泉社跡(養老元年創立)の杭がある。
白山信仰の古さ、人々の信仰の篤さが感じ取れる道だ。
古の人々が生きていたことを実感として感じ取れるとてもいい山歩きだった。

2時50分下山。
今日は3組4人の方に出会っただけの山歩きだった。
秋の紅葉時期も美しい様子だ。三の峰まで約7キロ、日の長い時期にいつか縦走したいコースだ。
白山中居神社にお参りする。
「磐境」(いわさか)は社がない古い時代に、神が鎮座された場所だったとか。稲作を始めた頃から豊作を祈願する祭りの場所でもあり、白山の真っ正面に当たるそうです。

