(778m)〜弁が滝〜御堂の滝〜大幹林道〜平泉寺                                   line

日時   H18.11.4
天候   晴
参加者  14名
コースタイム 

 8:00  平泉寺駐車場発
10:00  三頭山
11:00  稚児堂
12:30  弁が滝
13:00  御堂(のど)の滝
14:00  平泉寺着


 今日は平泉寺のまちづくり協議会主催の平泉寺〜弁が滝・御堂の滝を歩く行事に参加する。
 平泉寺の駐車場に集合して、8時5分、登り始める。
 精進坂の石段を登り、拝殿の前を左折して、北谷の道を歩き始める。

精進坂拝殿
林道へ北谷側の道

 途中から石畳が整備されており、橋を渡って川沿いに歩く。
 だんだんと草が多くなり、ヒッツキムシが手袋からズボンから上着までいっぱいくっついてしまった(汗)。
  

橋を渡る川沿いの道
 

  途中に看板があり、往時の平泉寺の賑わいが説明してある。
  現在の航空写真と、一番賑わっていた時代の対比が面白かった。
  白山神社を中心に左右の谷を埋め尽くすように寺社や坊があったようだ。
  想像もできないくらいたくさんの建物があったようだ。
  今日は白山禅定道より一本北側の道を登り、三の宮の上で合流する。

平泉寺の航空写真 復元図

 しばらく歩くと三頭山の山頂に着く。
 三頭山は、大師山・法恩寺・平泉寺の三地区からの道が合流する地点という意味で三頭山と名付けられたようだ。
 

三頭山への看板三頭山頂
   

 ベンチの上に昆虫がいた。バッタだと思ったが、クダマキモドキというキリギリスの仲間のようだ。
 緑色のきれいな個体だった。

クダマキモドキ

 三頭山を出発して弁が滝へ向かう。
 禅定道の道は歩きやすく、道の左右に花が咲いている。
 スミレとカセンソウか・・・。
 ショウジョウバカマの葉やイワウチワの葉もある。
 春先はカタクリの花も咲いていそうだ。
 右手に時々木の間から経が岳が見えてくる。

スミレ禅定道
禅定道カセンソウ?

 大幹林道を横切って、稚児堂へ向かう。
 稚児堂由来記に
 「往昔、平泉寺に足羽郡より来たる和光といへる児あり。
  容顔美麗にして心優なり。
  今立郡より子細ありて平泉寺にさすらい居たる弁の君といへる佳人と互に思慕深かりしが、
  如何なる故にや和光は滝へ身を投げて溺死したり。
  弁の君大いに之を悲しみ亦この滝へ身を投げて溺死す。
  以後此の滝を弁ケ滝といヘリ。
  後世二人の霊をいやすを以て一堂を此の地に建て
  稚児堂と称せりと。周囲の土塁はその堂宇を偲ばせり。
  ちなみに卒塔婆は往時のものならん。
  昭和46年10月2日
  平泉寺旧跡保存会」と書かれている。

法恩寺まで2.7キロ禅定道
稚児堂看板稚児堂
  

 稚児堂の周囲はツルリンドウやアリドウシの赤い実があった。
 少し休憩して、弁が滝に向かう。
 途中、勝山市が熊や山の動物のために植林した広場があった。

アリドウシ稚児堂の周囲
モミジツルリンドウ
植林地点植林

地図

 遠くから紅葉の中に弁が滝が見えてくる。
 お天気も良く、連休なので結構車が来る。

弁が滝が見えてきた

 滝は30mの高さから落ちてくる。好天が続いているので水量は多くはない。
 滝の左上部にスズメバチの大きな巣があった。

弁が滝

 雨の後は水量があって、雄大な風景となるのだろうが。
 この滝壺も昔はもっと広くて深かったそうだ。
 地震によって後退しているようだ。
 弁の君が身を投げるほどの深さが、昔にはあったようだが・・・。
 

弁が滝
 

 ここで昼食をゆっくり食べる。
 そのうちにマイクロバスが到着して、バスで御堂の滝まで行く。

 御堂(のど)の滝は「上の堂」「下の堂」という地名が近くにあり、昔はお堂があったようだ。
 そこから「のどの滝」と呼ばれるようになったそうだ。
 手前の橋から大きな釣鐘岩が見える。
 
 昔打波の人が山中で釣鐘を見つけ、それを持ち帰ろうとしたことがあったそうだ。
 大きすぎて持ち帰れなくて、何回か試みたそうだ。
 結局高齢になり、場所もわからなくなった。
 今もどこかに、その釣り鐘が埋まっているということだが・・・。
 御堂の滝の上部は昔はガラリと呼ばれて、平泉寺の人々がワラビなどを採りに行った場所だそうだ。
 今はもう行く道も崩れてなくなって、誰も行かなくなった場所だとか。

御堂の滝

 御堂の滝を見学した後、バスで大幹林道を六呂師に抜けて、大矢谷経由で平泉寺に戻った。
 大野側の紅葉が赤が多くてきれいだった。

 御堂の滝大幹林道の紅葉

 
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