藤沢周平の世界展

H17.10.23

 世田谷文学館


 東京世田谷文学館で9/17〜10/30まで開催されていた「藤沢周平の世界展」に行ってきた。
 5時起きの日帰りという日程なので、慌ただしい東京行きとなった。

 文学館は新宿で京王線に乗り換え、芦花公園前で降りると徒歩5分ほどの距離にあった。
 清閑な緑の多い、いい場所に立てられている。

 1階では藤沢周平さんの書籍や関連の雑誌や地図が売られており、井上ひさしさんの講演の模様も大きなスクリーンで見られるようになっている。

 展示は2階だった。

 どれくらいの規模なのか、あまり期待して行かなかったのだが、おびただしい数の展示品があった。
 ゆっくり見ていると一日かかってしまいそうなほどだ。
 入ってすぐに年表と、インタビューに応じる藤沢周平さんの画像が大きなテレビに映し出されている。
 見ている人が多くて、見たかったのだが時間も十分にないのでパスして先に進む。

 撮影禁止なので記憶にあるものと目録を頼りに書いてみることにする。

 井上ひさしさんのお馴染みの海坂藩の地図が展示してあった。
 五間川・染川町などという耳慣れた名前、自筆の筆跡、欅御殿の名前もある。
 
 藤沢周平の世界展チラシ
 音楽のテープとCDのコレクションが展示されていた。
 愛用のカセットデッキとリチャード・グレイダーマン、鮫島有美子、松任谷由実、徳永英明、ハンク・ウイリアムズ、スティービー・ワンダーのテープやCDなどなど。
 スティービー・ワンダーの「心の愛」はお気に入りで棺の中にも収められたと書かれていた。
 徳永英明さんのことについてはエッセイの中で触れられていて読んだ記憶がある。
 ロックも好きだと書かれていた。。。


 ビデオテープは、「逢いびき」「暗くなるまで待って」「旅路」「ドクトルジバゴ」「アポロ13号奇蹟の生還」などが記憶に残っている。目録には全部の詳しいデータが載っていなくて残念。詳しくメモしてくるのだった・・。


 その次にはたくさんの蔵書も展示してあった。
 「検死官」が最初に出版された時、帯の宣伝に「藤沢周平氏も絶賛」と書いてあってそれで読み始めた記憶もあり、当然「検死官」もあった。「チャンドラー傑作集」、司馬遼太郎の本も2冊ほどあった。「ルーマニア日記」・ポーの作品、「北ホテル」、若い頃自分も読んで持っていると思った本も何冊かあったが、何だったのか・・・。「砂の器」もあった気がする、あれ?映画だったかな。
 
 利発そうな少年時代の写真・湯田川中学校で生徒たちと一緒に映した写真や同人誌、療養所時代の写真、囲碁を指す業界紙の時代の写真、「暗殺の年輪」の原稿と出版された本。そして転機となった大好きな「用心棒日月抄」の原稿。
 NHKの「腕に覚えあり」で村上弘明さん演ずる青江又八郎の印象が最近では記憶に鮮やかだが、初演は古谷一行さんの青江又八郎で相模屋のタヌキ親父は笑福亭二鶴さんの印象が私には強くて消えない・・・。
 タイトルバックに犬の散歩をする又八郎が目に鮮やかに残っている。
 
 今思えば、あのころは幸せな時代だった。
 毎月、「小説新潮」と「オール読物」を見比べて、藤沢周平さんの作品の載っている雑誌を買うのだった・・・。
 などと過去の追想にふけりながら、生の原稿を、藤沢周平という人柄そのままの署名を見つめている。
 それは過ぎてしまったかけがえのない時間を思うとても大切な空間だった。
 この空間は藤沢周平という作家と、一人一人の読者との魂の交換の場だったのかもしれない。
 人の多さも気にならない。ただそこに何かとても大切なものがあったことは間違いないと今になって思う。
 藤沢周平という作家によって書かれた物語がもたらした、とても大切な物語の時間が詰まっている空間だった。
 
 読みやすそうでいて、意外に読みにくい筆跡。
 色紙にかかれた「飄風不終朝 驟雨不終日」(飄風は朝を終えず 驟雨は日を終えず)とい老子の言葉、「軒を出て犬寒月に照らされる」という「海坂」の俳句など見るべき物は多い。

 武術の「日本剣豪誌」「剣豪名勝負100話」「武士道」「柳生一族」「新陰流入門」などの本もあった。
 立花登の体術や隠し剣シリーズの立ち合いの場面など、少ない言葉で的確に書かれている。
 こういう本を参考に、勝負の場面を頭の中で創造されていたのか・・・。

 「春秋の檻」「愛憎の檻」などの原稿、NHKで放映された「立花登手控え」の中井貴一さん等の出演者と一緒に映した写真もあった。
 「市塵」の原稿もあった。「三屋清左衛門残日録」、 「蝉しぐれ」の原稿と映画の大きなパネル。
 映画で使われたおふくさまの着物も展示されていた。
 長屋の模型も、丁寧に作られていた。一間限りの棟割で、戸を開けると家の中がすっかり丸見えの家々、共同の井戸やトイレ。
 下水の様子など小さな模型だったがとても興味深かった。

 そして一番見たかった書斎の再現。
 ガラス戸棚2本の中に本がぎっしり。机と椅子、電話台。机の右下には紙袋。机上には都コンブ。
 修理して使った拡大鏡。そこは立ち去りがたい場所だった。よく見ておこうとしばらく立ち尽くす。
 雑誌に発表されていた写真は座卓に座って執筆されていたが、展示されていた書斎は椅子式のものだった。
 左手の資料がたくさん積まれていた場所は、大きなバネルが置かれていた。
 こういう書斎の雰囲気で、「蝉しぐれ」や「海坂もの」や市井の人々の姿を描き出されたのか・・・。
 ここにあるものは全てご家族にとっては大切な遺品だが、鶴岡にできる記念館に収められるべきものでもあるのだろう。

 狭い場所に鶴岡の食べ物の写真も展示されていた。
 
 
日暮れ竹河岸 浮世絵が何枚か展示されている。初期の作品には浮世絵を題材にした作品や北斎や歌麿を主人公にした作品も多い。
 「日暮れ竹河岸」は江戸の12ヶ月を描いた掌編と、安藤広重の「名所江戸百景」から7つの短編を1冊にまとめた生前最後の作品集となった。
 もとになった広重の浮世絵も展示されていた。

 小説の題名も「品川すさき」→「品川須崎の男」、「びくに橋雪中」→「雪の比丘尼橋」、「猿若町よるの景」→「猿若町夜の月」と藤沢周平さんの題名の付け方のほうがいいような気がするのはひが目か・・・。


 「白き瓶」の原稿とおびただしい数の資料一式。
 資料の解釈を巡っての清水房雄氏との往復書簡もあった。
 棚1列にずいぶんたくさんの資料があった。「白き瓶」の巻末に記されている資料たちなのだろう・・・。
 「白き瓶」は伊藤左千夫と長塚節の往復の書簡がずいぶん引用されている。
 原作の雰囲気を壊しかねないとか、骨の折れる面白さと書く人もいる作品だが、ご自分の人生と合わせて節に共感する部分があの作品を生み出す原動力になっていたのは間違いないと思う。



周辺の風景
 かなりゆっくりと展示資料を見たが、書簡や自筆の原稿の隅々までは見ている時間がなかった。
 全部を丁寧にみるとどれくらいの時間が必要なのだろうか・・・。

 1階で井上ひさしさんの講演の模様も上映されていたが、時間がなくて見られなくて残念だった。
 書籍の販売のところで「藤沢周平展」の目録、文春ムックの「蝉しぐれと藤沢周平の世界」、雑誌「望星」2005年6月号「藤沢周平に学ぶ人生の諦観」、「藤沢周平とその作品 ゆかりの地図-鶴岡<海坂>版-」、「ゆかりの地図-江戸<神田・日本橋・本所・深川界隈>-」、「めぐりシリーズ8 藤沢周平・小説の舞台」人文社を購入する。
 何かを収集することはできるだけやめようと思っているのだが・・・(汗)。

 東京まで見に行ってよかったと改めて思った。



 
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