老いについて

 

 今日(平成13年1月6日)の福井新聞に、河崎義祐さん(映画監督・福井市出身)の「終幕のベルが聞こえる」という連載が載っていて、たまたま読んでいたら、藤沢周平さんの事が書かれていた。

 「老い」に模範解答はない。それぞれの人間が自分の道を自分のやり方で「老い」てゆくしかない。
 惜しまれて逝った時代小説家、藤沢周平さんの文章にこんな一説があった。
−「老い」の美しさと醜くさは紙一重である。なぜなら、老いの日常はうつろいやすく、はかない。−
 藤沢さんが「老い」の理想的な行き方として描いた輪郭とは「諦念」と「精一杯」と「華やぎ」をほどよく調和させて、老いゆく生命を最後まで輝かせる生き方だった。
 江戸時代に「老入れ」という古語があった。当初は「老後」という意味だったらしいが、老後を心豊かに生きる意味あいに広がったものらしい。藤沢さんが描いた名作の主人公は、物欲に走ることなく、心豊かにいさぎよく「老入れ」の時を見事に生きぬいていった。

 

 藤沢周平さんのもとの文章は、「ノ−サイド」平成4年9月号のインタヴュ−「幸も不幸も丸ごと人生を書く」に書かれている。
 「三屋清左衛門残日録」のストーリーや人物像には藤沢さん自信の経験も入っているのかという問いに以下のように答えている。

−命ということを考えると、これから何年生きるかもしれないけれども、あした終わるかもしれない。そういう領域に入ったなあという、還暦を過ぎるとそういう心境になるんです。だけどそれをそのまま受け入れるしかないですね。それが年をとるということですね。
 ただ、その諦念だけじゃ寂しいから、生きられるだけは精一杯生きる、できるだけのことはやるということが一つと、それから、老年といえども多少の華やぎがあってもいいんじゃないかということね。それが飲み屋の女との好もしい関係だとか、そういうことなんですよ。これは自分の願望でもあるわけですが(笑)。−

 「三屋清左衛門残日録」の「醜女」に、

−夜更けて離れに一人でいると、清右衛門は突然に腸をつかまれるようなさびしさに襲われることが、二度、三度とあった。そういうときは自分が、暗い野中にただ一本で立っている木であるかのように思い做されたのである。−

と書かれているが、「諦念」と「精一杯」と「華やぎ」を調和させている日々の中でも、上記のような不安を感じる日々があったのだと思う。
 人間の心は日々移ろい易く、また覚悟を決めた後から色んな不安に苛まれる。人間である限り、生きている限り、精一杯生きるしかないのだから。

 また1月26日がやってくる。

 

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