逆軍の旗

 手許にある本は古本屋さんで入手した1976年6月30日(昭和51年)に青樹社より刊行された初版本と、文春文庫1985年4月10日(昭和60年)第2刷版の「逆軍の旗」。  

 4つの短編が納められている。
 「逆軍の旗」「上意改まる」「二人の失踪人」「幻にあらず」の4編。


 「ありもしないことを書き綴っていると、たまに本当にあったことを書きたくなる。この本には、概ねそうした小説をおさめている」とあとがきで書かれているように、実際にあったことを題材にした作品集。 

 「逆軍の旗」は、
明智光秀を主人公に、愛宕神社威徳院で催された連歌興行の日から、挙兵そして本能寺の変後の幾日かの様子を描いている。
 連歌師の里村紹巴に、「時は今あめが下知る五月哉」の発句の解釈を、
 「だが紹巴はその句を強すぎると思った。」と言わせている。連句の発句にしては強すぎるという紹巴の感覚、感性は、光秀が挙兵したと言う歴史的事実を知っているからそう思うのかもしれないが、とても納得できる気がする。
  いつもの光秀とは違うという違和感が紹巴という連化師の感性を通してみごとに描かれていると思う。

 「小説の周辺」には、俳句が何句か取り上げられていて、その俳句の解釈や感想が書かれているが、さすがに一時期、俳誌「海坂」の結社の入っていたというだけあって、読み込みが深いと思う。

 今まで誰にも見えなかった新しい時代を信長は見ている。既存の宗教や因習・慣習・人情に囚われない合理性に基づく世の中。有職故実に詳しく今までの伝統を重んじる文化人の光秀とは正反対の信長。二人が対立するのは時間の問題だったのだろう。あるいは、信長からもう利用価値がないと判断されて切り捨てられるのも。叡山の焼き討ちや一向一揆で見せた信長の冷酷さ(合理性)、用のなくなった家臣に対する仕打ち等、光秀の追いつめられて行く心境がよく描かれている。信長と光秀の対立は、旧時代と新時代の対立なのかもしれない。

 「上意改まる」は、
片岡理兵衛は中渡村の百姓の一件で藩主や家老と対立し正義を行ったが、その片意地な性格を憎まれた。
 家老の戸沢伝右衛門はプライドを傷付けられた藩主と組み、理兵衛一族の抹殺を図る。大目付の北条六右衛門は戸沢家老の密書を江戸の藩主に届けるが、その席で理兵衛のやり方の如何を問わずその正義を説き、理兵衛の閉門、次弟多兵衛、三男藤右衛門はお咎め無しという上意を出させる。しかし、その後戸沢家老の策略に惑わされた藩主は上意を覆し、三兄弟とも切腹となる。
 藤右衛門を主人公に物語は進むのだが、多くは語られていない次男多兵衛に魅力を感じる。
 籐右衛門と郷見も悲しい結末に終わってしまうのだが、身ごもった藤右衛門の子どもを生かす道はなかったのか。生きて行くことの方が辛く苦しい時代ではあるが・・・。

 「幻にあらず」は、「漆の実のみのる国」のもとになった作品。「漆の実のみのる国」は、改革の最後まで書かれていないと思ったが、この作品でも同じ所までしか書かれておらず、最初から改革の最後まで描くつもりがなかったのかもしれない。

 「逆軍の旗」の単行本は、青樹社より1990年6月10日(平成2年)に第5刷が、同じく青樹社より藤沢周平珠玉選6 歴史小説集「逆軍の旗」として1994年5月10日(平成6年)に初版が発行されている。

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