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僻村塾記録

平成15年度第1回僻村塾    

 映画「家路」ポルトガル映画  マノエル・ド・オリヴエイラ監督
 講師:高橋治氏 真野響子さん

 今は危ない時代、生きているうちに2回戦争に遭うとは思わなかった。戦争を語る人の年代に注意してほしい。私は昭和4年生まれで、戦争には行かなかったが、昭和6・7年生まれの人までの言葉は信用できるというのは、戦争をどう考えるかの大きな判断の基準、一つの方程式の回答である。 政治家の中で信用できるのは、後藤田さん、「それは憲法の中に書いてないだろう・・・。」
 一国の政治家、首都を預かっている人は信用しない。
 野坂昭如は昭和6年生まれ、現実体験として戦争を体験している。戦争を抽象的に語ることは危険。

 「家路」は98才のポルトガルの現役のマノエル・ド・オリヴエイラ監督の作品。「クレーブの奥方」を脚色して世界中を驚かせた。年をとることはなかなかすばらしい。生き方の支えになるものは何か?カトリーヌ・ドヌーブが出ているが、若い頃はきれいきれいの女優だったが、スキャンダルを身につけて大きくなる人。どんな風か楽しみ。・・・映画を見る前に。

 映画を見終わってから・・・ちょっと驚きました。90分にしては短い。どうしてかというと説明を拒否する所があり、今日の映画も説明が中にほとんど入らない。人間の日常の中には、原因であるとか前後の因果関係が完璧な形を取らない形で人生の中に入り込んでいることに焦点を当てている。
 一つ恐いものを見てしまったと思うのは、しばらくするとテーマが色々のしかかってきて、そこから回答を見つける。
 「家路」というタイトルの家に帰る道すがら、タイトルと中身がどう繋がるのか説明できない。余計なことばかり画面に出して、裏側に彼の意味のあることが進展していく。あれだけの伏線の中で、名優として地位を確立している人が、セリフを覚えられないで長年のキャリアを無にして家に帰ってしまう。最初の舞台は大きな交通事故で奥さんと息子夫婦が孫を残して亡くなって・・・孫をいつ出してくるのか、余計なものをたくさん出してくる。
 
 真野さん・・・カトリーヌ・ドヌーブ、大女優、カット2つでセリフもない。紹介のアップのお約束も無視している。リア王を思わせる王妃の格。マルコビッチの映画監督の役・・・リハーサルは彼のアップ。
 日常を細かく捉える。パリでしもたやにはなかなか住めない、財力がある人。異常は日常性の中に入り込んでいる。異常性はもっとあなたのそばに座っている。変化は日常の中に組み込まれている。
 新聞のフィガロ(朝日新聞のよう)・ルモンド、バーの場面
 テレビが嫌い、説明をしすぎる、観客をバカにしている。
 小津的でカメラを据えっぱなし、日本的。
 映画撮影の場面の監督を写す、観客を飽きさせない(繰り返しをさける)
 ジェームス・ジョイス、古典・言葉の順序を変えられない、どつぼにはまる苦しさ。どきどきしながら見た。
 解る人だけ解ってくれればいいよ。
 階段を上がっていくシーン・・・孫にはあの後が見えている。薬を飲んで死ぬかもしれない、首をつって死ぬかも知れない。
 
 真野さんへの質問・・・どうやってセリフを覚えるのか
 自分のセリフに線を引く。いいセリフはすぐに頭に入る。相手の受けも重要。坂妻は全部のセリフを覚えていた。
 歌舞伎の人の8割は人のセリフを聞かない。
 笠智衆さんは受けがうまい。

 次回・・・5月30日 鷹羽狩行さん
      6月23日 真野さん
 秋 小津生誕100年に関連したもの

 「家路」の関連サイト http://www.din.or.jp/~grapes/jackandbetty/118th.html       

 

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