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僻村塾記録                                                              
「芭蕉が山中に遺したもの」    高橋 治氏  山中温泉 かよう亭  H15.11.30
 

 かよう亭 上口昌徳社長より  高橋治先生とは旅人と待人(宿屋の主人)とのつながり。
 芭蕉と山中温泉は深いつながりがある。芭蕉300年祭の時に、他とは違ったことを考えた。
 芭蕉も巻いた三吟を山中のかよう亭のこの場所で開催。

 高橋先生

 歌仙・・・36歌仙の短歌の言葉を借り受ける。36句で一つの世界を形成する。
 和歌を上の句・下の句と分けて二人で形成する形から。
 知的格闘技である。
 忠臣蔵の舞台で、其角が上の句「年の瀬や水の流れと人の身は」に対して、大高源吾が下の句「明日待たるるその宝船」と詠んだ有名な話がある。
 ある酒屋さんから西山宗因の「独吟百韻」を見てと頼まれる。緒方先生の鑑定では今まで世に出たことがないものとか。
 
 金沢と俳句の関係・・・山中は俳文学にとって欠かせない都市である。
 山中三吟は芭蕉・曽良・北枝で歌仙を巻いたが、曽良が体をこわし先に帰り、芭蕉と北枝の両吟になる。
 北枝が芭蕉の直したものを完全に記録し残した。芭蕉を立体的に考える資料になる。
 座は何人でもよい。
 発句・・・最初の句(5,7,5)が36の出発の句になる。
 発句を俳句に変えたのが子規。
 外国にはない文学形式。
 世界がどんどん展開して変わって行く、誰も止めることができない。

 大岡信(宗匠)・丸谷才一・井上靖の三人で歌仙を巻く、主筆(記録係・・・高橋治)
 宗匠は井上靖さんの句を差し戻すこともあった。
 歌仙・連歌→俳諧の連歌 俳・・・ものまねをする 諧・・・ぎゃく(面白いこと)・常に笑いを求めている知的な遊び
 文台引き落とせば反古なり・・・精神的には紙くず
 集まった人が持っている諧謔性・・・一座の雰囲気が大切
 上口さんが求めているのは連宗の雰囲気、一期一会

 芭蕉の「奥の細道」・・・象潟(秋田県・多島海の景色)から下る
 松島・平泉・象潟・・・芭蕉が見たかった場所
 象潟を見て山形で「荒海や佐渡に横たふ天の川」の後、「金沢までは130里」と次の目的地は金沢と書いている。
 金沢・・・天下の諸府 一笑に会おうと思ったがもう亡くなっていた。(塚もなき我が泣く声は秋の風)
 北枝は一笑とともに芭蕉の弟子
 埼玉県の句なし・・・出発したばかり 富山県の句もなし・・・立山は道中よく見えるのに記述なし
 白山は4度登場、大聖寺では振り返って見る
 宗匠(芭蕉)が添削・加筆(さばく)・・・魚をさばくではなく→魚はおろす 色んな人にアイディアを出させて自分の考えでさばく
 三吟・両吟・・・二人・三人ではよくわかっている人たちという安心感がある
 普通の人と連歌を詠む・・・どうなるか展開がわからない、やってみなければわからない
 芭蕉に適う名人はいない、蕪村は発句はよいが歌仙では追いつくのか?
  床更けて語れば 縁さまたげの 芭蕉 ・・・ 俳聖からは想像できない懐の深さ
   となりを借りて車引き込む 凡兆
    うき人をきく垣よりくぐらせん 芭蕉 ・・・女の意地悪を描く
   様々に品変わりたる恋をして
    浮き世の果てはみな小町なれ・・・芭蕉 小町のしゃれこうべ・・恨みを述べる
  宮に召されし浮き名はずかし
    手枕に細きかいなを差し入れて・・・芭蕉 色っぽい句

 子規・・・発句は文学なり、連歌は文学にあらず 知的ゲーム
 連歌尊ぶ所は変化なり、変化はすなわち文学以外の分子なり
 高浜虚子・・・子規を利用し、自分を高めたが弟子には正しいことを教えなかった。虚子は大嫌い。
 連歌の世界は式目(規則)で縛られる→もっと自由に
 文化的革命が起こってきた
 規則で縛っておかなければならない、緩やかなルール。ルールなしではゲームは進行しない
 発句・・・丈高く(品良く)、切れ字(かな) 神仏を入れない
 脇(二句目)・・・発句と同じ季節。内容を深め体言止め(名詞・代名詞)
 ふわっと味を残す・・・文章がピタッと止まらない
 三句目・・・て・にて で止める そこで動かすことが目的
 三〜五句 春・秋は詠むものが多いので続ける
 冬・夏 一〜二句詠むものが少ない
 間に五句入れて秋・春を再び詠む
 月・花・・・定座 最初六句の中に月
 恋は一句で止める 良い恋の句なら何句でもよい
 馬借りて燕追行わかれかな 曽良が帰ることが決まっていた、一座する人へのお世辞を入れつつ句にする
 詩・・・個人的 連歌を巻くことにより何人かで一つの作品を作る。風任せ。
 揚句・・・形だけで意味を持たせない
 鑑賞力を高めるために勉強になる
 湯川さんも汽車の長旅の時に巻く 
 参考図書 中公新書「連歌入門」東明雅著 岩波新書「芭蕉の恋句」東明雅著
 
 Q&A 山中節は北前船の船頭さんから始まった。芭蕉は山中のいずみ庵に宿泊、総湯に入ったであろう。
 山中節と芭蕉と何らかの関係があったのではないか?

 A 民謡は跡が辿れる。はいや節が北上して南下
 歌詞の問答・・・船頭は経済面の知識があり船主から任されたかなりの権限があった
 芭蕉は山中に7泊8日滞在し、文芸的な土壌を置いて行った。
 人間的なつながりがあって、奥の細道で行くなら山中だよと言ってくれた人がいたのは間違いない
 他にない財産を山中は持っている

 俳句は文学ではないという子規の言葉・・・私はそうは思わない、子規は心が狭い
 連歌は頭脳の高速回転を迫られる。ブレーンストーミングのようなもの。連歌がもっとあってもよい
 
 上口社長さんより
 「星座」主催の尾崎左詠子さん・・・美しい日本語・優しい暖かい言葉
 セイタカアワダチソウのようなヨサコイソーランが日本を席巻している
 本条秀太郎先生(三味線)の山中節が一番好きで、CDを聴いてください

 「雪は降る降る 雪は小袖にしんしんと
  心澄みしこほろぎ橋も 佇む蛇の目の影ひとつ
  思い初めた去年の五月・・・・・・」
 
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