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僻村塾記録へ


「少年とラクダ」  講師 高橋治氏
                                       H17. 4. 28 白峰村望岳苑


 「少年とラクダ」は映画監督として作った思い出多い最後の作品。
 イスラエルの砂漠地帯が舞台。
 イギリスはユダヤ人に国を作る土地をやるから協力しろ、アラブ人の独立させるから土地を与えるから協力しろという政策。
 国際正義にもとる。

 私はリアリストだが童話のような作品を長年作りたいと考えて、作った作品。
 美しい目をした少年、美しい少女、やさしいラクダ。
 実際の駱駝は凶暴で噛みつく・蹴飛ばす・愚かな動物。

 「風の盆恋歌」 岸恵子さんで監督を依頼 川又昴に右腕になってほしい・・・映画は引退
 映画を作る体力があるのか・・・?

 危険な場所での撮影・・・地雷が埋められている 1967〜68年シナイ半島が最前線で戦いがあった。
 砂の砂漠の撮影地を求めてシナイ半島を探した。
 ある時撮影に良い場所があって移動する途中、砂漠の砂に呼ばれて気が変わった。
 犬の足跡と人間の足跡があった・・・地雷を埋めた人の足跡
  追跡を避けるように撮影したので誰も地雷を踏まなかった
  昼食を食べていたら、ジープが一台、気が変わって車を止めた場所から100m先で爆破した。
  水道局の車で、バラバラになっていた

 「少年とラクダ」は色に関しては後悔が残る作品(処理されていない)。
 36年前イスラエルより賞をもらう。
 二度目の銃撃戦のジェリコはきれいな所。
 イスラエル側から見てアラブの村はちっとも変わっていないことを出したかった。
 待っていればラクダは必ず来てくれる・・・少年の思い
 ジェリコを写した時にこんな平和な村だと思った。
 イスラエル人は覆い尽くすほどの緑の天地にした
 間違ってはいないが、ジェリコを作ったのはアラブの人々であることを知っていることを祈りたい。
 
 もう1本いつか・・・若き日の栗原小巻さん主演
 第二次中東戦争の後
 戦車・・・エジプト軍の戦車 シナイ半島にもピラミッドがたくさんある。
 キブツの風景 山脈・・・スケールの大きさ・荒地
 イスラエル 北半分に人々が密集している
 生理的に砂の砂漠を撮りたくなる
 「アラビアのロレンス」「砂漠は生きている」を見ている。
 砂の砂漠は平板

 「少年とラクダ」は俳優座とイスラエルとの合同でたっぷりお金を使うわけにはいかない。ドラマ性は厳しく追及しない。
 花が咲いて雨が降るそういう土地が地上にあることが示せた。
 

goo映画より引用

 中東戦争勃発の直前に合作が決まり、主たるスタッフは俳優座側が、キャストはイスラエル側の分担となり、製作費は折半で撮影された。脚本・監督は高橋治、撮影は間宮義雄が担当した。なおこの作品は、本年度ベネチア映画祭に、出品されることが決定している。(1969年)

あらすじ

 砂漠から砂漠を渡り行く遊牧民の少年アタラは、砂漠の中に点在するキブツ(集団農村)の少女オーリイとラクダを通じて知り合った。
 少女は、ラクダが嫌いだったが、二人が仲良しになるにつれ、ラクダが好きになっていった。
 ある日、少年が砂漠に迷い込んだ。そんな彼を救いに来たのがラクダだった。
 少年はラクダに少女を乗せてやり、二人の友情はいつしか、しっかりと結ばれた。
 この付近を境にしてアラブとイスラエルは、長い歴史にわたって争い続けていた。
 そして、今もなお紛争が繰返えされ、大人たちはいがみあっている。
 だが、二人の遊び友だちのラクダには国境はなかった。
 ある日、可愛がっていたラクダが二人の手を離れ、国境を越えていってしまった。
 少年と少女もラクダを追って国境を越えた。
 しかし、国境を越える者に銃弾が容赦なくあびせられた。
 やっとのことで、銃弾を逃れた二人だったが、ラクダは見つからなかった。
 それでも二人は、かつて自分たらを助けてくれたラクダを追って砂漠の中を、さ迷った。
 やがて、二人はラクダを見つけ喜んだ。それは陽炎だった。
 しかし、二人はいつまでも探索をつづけるのだった。
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