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平成17年度第8回僻村塾記録(17.11.12)
あなたはスタンヒルを見たか」  辻原登氏

 事務局より

 辻原先生の「ジャスミン」が文科省の日本代表作として英訳されることになった。
 短編集「枯葉の中の青い炎」の同名の短編で川端康成文学賞を受賞された。
 池澤先生も書評で「枯葉の中の青い炎」を激賞されている。

 講義

 新潮から出版された「枯葉の中の青い炎」には6篇の作品がある。
 小説をどうして書こうと思ったのか、どう書いたか・・・池澤先生もあまりしゃべらない。
 僕はしゃべりたい。ぶっちゃけた話を飾らずにしてみる。

 ロバート・ルイス・スティーブンソンは「宝島」の作者。「宝島」は好きで何度も読む。
 少年少女文庫のダイジェスト版も出ているが、岩波文庫などの本物はめちゃくちゃ面白い。
 「ジキル博士とハイド氏」など高校の英文テキストで読まされた人もいるかも。
 1850−1894 43歳で亡くなる。イギリス エジンバラ生まれ。
 サモアで没。喘息・結核の持病で弱い人だった。
 父・祖父は大英帝国で、灯台を世界中に作る仕事。強い人だった。
 日本政府の灯台作りの顧問を務める。エジンバラ大工学部教授。
 海の孤島に灯台を作る。大学の先生だがそこに行く
 スティーブンソンもエジンバラ大工学部卒業後、灯台技師になるが、体が弱く転地。→文学へ。
 エッセイをたくさん書く。フランスのレストランで一人の女性に出会う。
 友人に僕はあの人と結婚すると宣言する。アメリカで転地した時に再び出会い結婚(つれ子あり)。
 その子を慰めるためにお話を書いて読んだのが「宝島」。
 家族・友人・知人の中で評判になり、出版社が発行しベストセラーとなる
 エジンバラは寒く、体によい場所を求めて旅に出る。
 サモア諸島に住み着き、農園を始める。
 公平な正義感に満ちた人。イギリス・ドイツの植民地主義と戦いながら、一生懸命耕すことで健康を取り戻す。
 現地の人のために尽くす。
 「プリンス・オットー」「二つの薔薇」「バラトレ卿」「壜のこおに」「南海千夜一夜物語」「声の島」などの作品あり。
 現地の人と暖かい交流をし、サモアの神話、ケルトの神話に浸る。
 英語・サモア語にも翻訳。
 ルアリイ・ツシタテ(物語作者酋長)の称号を受ける。
 酋長は予知能力の優れた人などに与えられ、世襲ではない。後継者を酋長が育てる。
 物語を作る人・・・世界をどう認識するのか・・・大切なこと。

 中島敦(1909−1942 明治42年ー昭和12年)東京生まれ。東京帝大卒。
 横浜高女の教師。喘息で1941年南洋庁書記としてパラオ(国連からの日本委任領)へ赴任。
 日本語教育のための国語教科書作りのため行く。
 昭和12年日本に戻り逝去、33歳。
 代表作「光と風と夢」・・・南洋におけるスティーブンソン伝、 「南洋譚」「李陵」「山月記」「弟子」などの作品。
 芥川賞候補作となった「光と風と夢」を川端康成は「日本にこういう小説が生まれたこと自体が奇跡である」と書いている。
 スティーブンソン・・・大西洋回りでサモアに来る。
 60年後中島敦がパラオに来る。
 文学者としての切実な命をかけた交流。伝記が小説としてみごとに書かれている。
 60年後文学を通しての交流。
 1914年第一次世界大戦、日本は連合国。ドイツ対日本・アメリカ
 賠償金はドイツが100年かけても返せない金額。
 その中からナチスの政治体制が生まれてくる。
 日本はドイツ領ミクロネシアを無血で手に入れる。
 1920年国連の委任を受け、日本の統治領となる。
 ミクロネシア・サイパン・・・島民5万人、日本人8万5千人 移民
 1945年 太平洋戦争・終戦。沖縄・アツツ島 民間人も含め戦死。
 サイパン・・・1万人の日本の民間人、軍人はアメリカの攻撃で全滅。
 50mの絶壁から海に飛び込む。戦争の中の集団心理、バンザイゲリラ。
 本土決戦になれば同じことが日本でもおこった。

 ヴィクトル・ウイジャー・スタルヒン 1916−1957
 ウラル東部タギル生まれ。父はロシア帝国将校の貴族。
 1917年ロシア革命。逃避行、1年かけて満州のハルピンへ。 1924年九州から旭川へ。
 白系ロシア人3万3千人。白軍⇔赤軍
 父・・・ラシャの生地の販売。 母・・・ミルクホールの経営。
 身長1m80cm(旭川中学生時代)、進学校で野球部は弱い。北海道大会で準優勝。速球で注目される。
 1934年18歳の時、全米オールスター(ゲーリック・ベーブルース)が日本であり、中学生投手として全日本軍に参加。
 沢村栄治が静岡草薙球状で1−0。京都西京極球場でスタンヒルが投げる。
 1936年東京巨人軍創立沢村参加。年間最多42勝。通産199勝、沢村とともにエース。戦争中改名(須田博)、軽井沢に幽閉。
 敗戦後、スタルヒンの入団を巨人軍が拒否。理由は不明、ミステリー。
 パ・リーグへ、大洋・金星・大映・高橋・トンボ・・・年間9勝20敗 
 新聞社・映画会社が球場を持つ時代
 1965年9月4日京都西京極球場、日本プロ野球初の300勝がかかった試合でスタルヒンが投げる、最後のチャンス。

 アイザワススム・・・父相沢庄太郎,神奈川県藤沢市出身
 父庄太郎は南洋貿易(国策会社)社員。台風で船が沈没、トラック諸島トールで漂流中救助される。
 酋長の娘リサと結婚。
 1930年6月9日ススム生まれる。南洋中で野球。
 南洋諸島 1920年より日本の統治。
 太平洋戦争の敗戦後、父と二人日本に強制送還され、湘南高校野球部。
 1950年毎日オリオンズ入団、投手。
 1954年高橋ユニオンズへ移籍。
 1955年トンボユニオンズ 通算成績意 93試合当板8勝17敗 284 2/3 防御率4.20佐々木信也氏も参加。
 パリーグ7チームでうまくいかなくて、高橋龍太郎元通産大臣が私財を投げ打って高橋ユニオンズを結成。 
 現在の楽天と同じ。各チームが二戦級の選手を出す。川崎が本拠地。スタルヒンは53勝84敗3引き分け
 相沢進が入団。
 巫女・イタコ・ユタ・イチコ・・・樹木・山の霊とどう付き合うか、昔の人は色々な付き合い方を考えた→シャーマン
 イギリス・・・ケルト神話、シャーマニズムが色濃く残る。スティーブンソンの「ジキル博士とハイド氏」・・・ケルト的(二重人格)
 中島敦・・・漢語・英語も読める教養のある人。
 スタルヒン・・・アイヌもシャーマンの世界。熊の木彫りの彫刻を守り神として登板時にベンチに置いた。
 相沢進・・・酋長の息子=シャーマニズム
 1955年9月4日ダブルヘッダーの第一試合で300勝がかかる。
 トンボは1年で球団を投げ出すので、300勝の最後のチャンス。

 僕のステーブンソン
 相沢進とステキーブンソンをどうつなぐか、シンクロニシティ、時間と空間を越えて出会う。
 中島敦とスティーブンソン・・・作品と出会い、本人になろうとした。現実の人と人との出会い以上のものがあった。
 出会う+1993年12月7日の記事・・・トンボ相沢とスタルヒン
 波乱の生涯・・・作家としてほっておけない→物語にするしかない
 出会いを描く・具体的な姿
 1955年9月5日西京極スタジアムの試合、300勝のために魔術を使う→物語の力
 フィクション  8歳で母と別れ父と共に日本に追放になる。
 祖父が進に島へ帰ってきたいかと聞く。魔術を授ける、島の中で使う。物語の約束・・・浦島は一人だけ帰る。
 乙姫、必ず帰ってきて、絶対に使ってはいけない。30時間→300年間、絶望のあまり箱を開ける。
 箱の中には300年の時間が入っていた。
 サモアで魔術を使う。
 1957年1月13日の新聞にスタルヒンの死亡記事。300勝投手のことが忘れ去られている。
 ミクロネシア大使館公使ジョン・フリッツ氏の叔父が相沢進氏(妹の子)、東海大卒業。
 シンクロニシティ・・・時空を超えた出会いを描くのが物語。
 どう描くのかが真骨頂。

 「花はさくら木」の10月の回に「素敵」という言葉が使ってあった。
 「こいつは素敵に雨が降ってきたぜ」と使ったりすると書かれていたが、本当にそういう使い方をしたのか?
 歌舞伎の中でそういう科白があるので、当時もそういう使いかたをしたのだろう。
 今でも使うのに気恥ずかしい言葉。不良っぽい使い方をしたのでは・・・。

 環日本海構想は?白山麓日本海構想

 東アジア共同体は異質だ。南洋諸島を含めて考えるべきだ。
 中島敦の漢文学・ヨーロッパ文学・南洋・・・対立と捉えるのではなく並列に捉えた方が面白い。
 面白ければどこへでも行く。
 中国 独裁者が統治する国にべったりする必要なし
 日本は平安文化・江戸時代も中国を気にしていない。
 江戸時代の役人はヨーロッパより水準の高い文化を作ってきた。

 大学の教授という肩書きを使いすぎていないか?
 生活の安定、誰からも文句を言われる筋合いはない。教えることが好き。

 「飛べ麒麟」について
 南京大虐殺は検証できる。楊貴妃については検証できない。
 中国共産党・日本軍との三つ巴の中での事ではっきりしない。
 1300年前司馬遷が「史記」を書いたことは疑えない。都合の悪いことは書いてないだけで、事実を曲げてはいない。
 民衆・・・無声→「平家物語」など  町の人の声もわからない、想像で知る、しゃべり方もわからない。

 「花はさくら木」で田沼意次を主人公にしたのは何故か?
 時代小説は江戸時代しか使えない言葉、時代小説を書いてみたかった。
 ファンタジー・・・藤沢周平の海坂藩、こうあってほしい、決して存在しなかった時代
 中国小説というジャンルは盗作にならない。日本語に書き直すだけ。
 1760年代桃園天皇没、淀川。江戸時代60万人が居住、内40万人が武士、消費都市。15万人が働く。
 江戸屋敷に本妻、人数が多い。何も産まない。
 京都は産業部(陶芸・織物・・・技術) 大阪は物産が集まる。
 日本文明は平安〜江戸中期の京都・大阪 江戸へ移したのは田沼意次
 鴻池・青綺門院 知力 日本女性が一番「美しかった頃
 面白い話を資料を使って嘘をつく人。

 シンクロニティ・・・ひとつのことを調べるとつながることが多い。興味から抽出
 出会い・・・何かが見つかる・生まれてくる。
 調べることで喚起・・・事実の方がもっと面白い。単におきたことではなく人間の一つの成果
 知徳の結晶・おどろくこと多し。文字で残された物中心 資料・本・人の話で出会うのが一番よいが、実際は起こらない方がよい。
 ホラ話・・・父親が県会議員だったので演説が好きだった。

 子どもの頃読んだ本は?
 「チボー家の人々」・ドストエフスキー
 東海大学文芸創作学科6人の専任 本をたくさん読ませる 20歳までにドストエフスキーを読む。出会うか出会わないか。
 聞くことは大切→読める 創作力の源→黙読はいつから?300〜400年くらい前から
 「源氏物語」・・・読む 原稿用紙にして3000枚ほどの紙が必要
 良い読み方・・・一つの作品を徹底的に皆で一緒に読む 「ヴォバリー夫人」 音楽と同じ時間の芸術
 良い小説は生きている人の時間が感じられる 人物が重奏・和音・不興和音→人生
 シンプル・・・読み手によって深くなる
 「戦争と平和」・・・奇跡・戦争・平和・恋愛・ロシアの歴史

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