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僻村塾記録                                                               

 禅と茶のこころ    真野響子氏

H18.6.18

浅川兄弟 浅川伯教(兄)・・・文章・陶芸・油絵・詩に才あり
        巧(弟)・・・林業・韓国の死を紹介

白磁をお土産に柳宗悦のもとへ
朝鮮の名もない陶工の作ったものに美しいものありと、韓国中の窯元を訪ね、朝鮮民族博物館建設に力を尽くす

有田で陶器に関心を持つ・・・李三平
薩摩・・・朝鮮の陶工を連れてくる
鍋島藩 有田焼・・・伊万里港から出港
    古伊万里・・・有田で作っている
朝鮮の陶工家の地位は一番低い

高橋先生の焼き物好きはいつから?・・・李朝白磁と出会ってから
母が九谷焼が好きで持っていた。
古九谷はすばらしいのに、九谷焼はなぜつまらないのだろうと思っていた。
常滑焼VS信楽焼・・・土が違う
色のない模様のない土から出てくるものがすばらしい。美術品に相当する。
背丈ほどの壺・・・越前焼・吉野ヶ里・・・松を活けたらしい(縁が欠けている)
甕棺・・・越前焼 宮崎村藤田さんが名人
全く現在の生活に役に立たない→自分は何ともつまんないことをしているなあ
沖縄の焼物は江戸中期まで遡のぼれる
パナリ焼(新城島)・・・カナリー・ハナレ・離島(石垣島以南の島で)
胴体にキラキラするものが見える。カタツムリを入れて焼いたという伝説。
江戸中期からあった。
越前焼・常滑焼より古い
形の素朴さ・力強さ
お経か骨を中に入れて埋めた 底に穴が空いている
そっけない、常滑焼よりそっけない
平安期の常滑焼・・・分厚い
カナリー 琉球医大学長が実験 江戸・桃山より古い
珊瑚礁の釜で作ったかま
カタツムリではなく夜光貝
百済から亡命 真野・・・百済の名前

高橋先生・・・拉致問題がおこる度に若い人に伝えておくべきことに間島のことがある。
間島は中国東北部・北朝鮮との間に川 黄緑江につながっている所が北朝鮮北部
脱北者・・・北へ逃げて誰を頼るのか
3つの民族の融合地帯 満州・反日朝鮮人・日本人
五族協和・三族協和・・・3つの民族がお互いに暮らしていたのが間島
完全な日本語・・・小学校・師範学校もあった
日本の領事館もあった
肥沃な土地だった
日帝時代の朝鮮人はどうしていたのか?
金一(キン・イル)将軍
西からの反日運動の根拠にもなっていた
反日 大ワ・シベリア出兵という戦争をでっちあげる
ソ連は不法に日本に宣戦布告をした
日本がシベリア出兵 ロシア革命を契機にロシアを取ってしまおう
アメリカ・イギリス軍は日本に7000人の軍隊を要請。7万人を送り込む。
シベリアだけでなく根元を断つ。シベリア出兵の最中に関東出兵
一つの幸せな実態があった・・・姻戚関係を頼る

真野さん  近所に伊藤深水の家があった
ペリーの来航よって椿の絵が売れた 椿姫は19Cの始め
49年組 サンフランシスコ ニックネーム
ゴッホ・・・椿を見ている可能性あり
繋いだらどうなるのか?
司馬遼太郎はオランダ紀行でゴッホを書いている
修徳寺・・・ソウルから1時間の百済の古刹 お茶が美味しい
有馬頼底氏・・・有馬家出身 天皇の学友 7歳離婚
母のイメージが強すぎた。母の兄が父親がわり
一休さんに興味がある→僧侶になる
小鹿田焼き・・・石臼で粉を挽く
雪舟・若冲
北京・紫禁城・・・石がたくさん使われている
雲故寺・・・北京から1時間 石工 東の下に石教が埋められている
1999年発掘、研究され埋め戻された
禅問答・・・実践的でない

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