「ブルーベア」The Blue Bear リン・スクーラー著 集英社刊


 本の帯に「星野道夫に捧ぐ」と大きな文字で書かれていた。
 池澤夏樹さんの帯の言葉、「星野をめぐるリン・スクーラーの回想を読んで、ぼくは、もういちど星野に会えたような懐かしさを感じた。」という文章にも惹かれた。
 そんなことでこの本を読み始めた。
 アラスカの美しい州都ジュノーで船上暮らしを続ける著者。
 船のベッドの横の壁に1枚のグレイシャーベアの写真を飾っている。
 その写真を自分の持ち物の中の最も貴重な物のひとつに数えている。
 「その写真がわたしにとって貴重なのは・・・・・シャッターがおりてクマの姿をとらえた瞬間に、一人の非凡な人間との十年間にわたる友情がただの一瞬に凝縮されたことだった。その写真には物語が詰まっている。」と書く。

 1954年ウエスト・テキサスの砂漠リャーノ・エスタカードで生まれる。
 1969年アラスカへ家族で移住。
 思春期に脊柱側湾症を発病し内向的な性格を強めた。異形の肉体が同年代の人間から自分を孤立させ、その孤独は一生続くらしいと覚る。自然の中で美しい風景や動植物を孤独とともに手に入れた。そんな彼も美しい女性と思いを分かつようになるが、彼女は凶悪犯罪に巻き込まれ命を落としてしまう。その事件が彼をさらに自然の中へと追い立てる。
 
 1990年春テレビ朝日の撮影クルーと、ザトウクジラとグレイシャーベアの二部構成のアラスカを舞台にしたドキュメンタリーを撮るために、彼の持船のウィルダネス・スイフトとガイドを求めてきた星野さんと出会った。
 リンは人に心を許さないで生きてきたが、第1回目の一緒の仕事の時から、星野さんはリンに暖かい心遣いを示す。
 ガイドという仕事がら、たとえば鰊の採食行動の画像撮るためにクジラがなかなか見つからない時に、自然の撮影には長い時間がかかるのが本当で心配することはないと星野さんは安心させる。ある時は写真の撮り方を教えて言うというリンに、レンズを通して被写体を見せ、心に囚われずに見たままを撮ることが大切だということを教える。リンは星野さんに敬意と友情を持つようになる。
 回想の中の星野さんは暖かくて人なつっこい。いい写真を撮るためにかなりの危険を冒し、ガイドと客という関係を越えた友情をリンとの間に育んだ。

 ある時、ブルーベアという体毛が灰色のクマの写真を見つける。そしてそのクマを星野さんと一緒に探そうと何回か試みる。
 危険を冒して、氷河の間の水道をカヤックや船ででかける。ある時はスイフトが嵐に巻き込まれ、操舵に自信を失いつつも星野さんに向かって大丈夫だと言うリン。その言葉を信じ、間もなく眠ってしまう星野さん。安全と良い写真を撮る環境を提供するガイドという役目も大変だと思う。リンは星野さんに良い写真を撮って貰いたいという思いでガイドを勤める。星野さんの写真がすばらしいのは、星野さん自信の力も大きいけれど、リンの力も大きかったのだと感じた。

 星野さんが亡くなった前後の事情も詳しく書かれている。いくつかの前兆があってもなお、戸外で一人のテントで眠っていた星野さんも不用意だったのかもしれない。大切な友人を亡くして耐え難い期間を過ごしたリン・スクーラーにとって、悲しみを乗り越えるにはこの本を書くことしかなかったのだろう。心のけじめをつけて、また新しい自分自身の生を生きていく決心を付けるための本なのだ。
 ブルー・ベアという個体数の少ない灰色の毛並みのクマを求めて星野さんと一緒に探し続けた日々が、実は一番貴重だったという感想。ブルー・ベアをついに見つけ、そこに星野さんがいないことに対して、「わたしが本当にグレイシャーベアを発見してそれを写真に撮ったのかどうかは、おそらくどうでもよいことなのだと気がついた。明らかに重要なのはグレイシャーベアを追い求めた体験と、そのときに行動をともにした人間だった。重要なのはグレイシャーベアを探しながら見たこととしたことだった。」
 昨日は星野さんの8回忌。平成8年8月8日に亡くなられてすでに7年が経過した・・・(^^;)。
 この本の中で、リン・スクーラーの中で、そして本を読んだ私たちの中で星野さんは生き続けている。

 
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