HOMEへ

講演会記録へ

講演会記録
宮台真司さん 「成熟化社会を生きる知恵と若者たちのハンディキャップ」  H14.10.16

 東京都立大学助教授 1959年仙台市生

 朝日新聞に「海辺のカフカ」村上春樹著の批評を書いたが、脱社会的存在と判断している15才の子供が主人公になっている。
 映画では以前から「この社会生きるに足らず」という同じモチーフで、青山真治監督の「ユリイカ」、黒沢清監督の「キュア」などの作品の中で描かれている。
 今、脱社会的感受性という若い人の共通感覚が、引きこもりや登校拒否という形になって出て来ている。登校拒否や引きこもりは、今までは精神科で人格障害と判断されていた。人格障害は病名ではなく、病名を付けられないのにまともな生活を送れない性格障害のことである。

 郊外化が進んだ時代に性格異常が外国で大量に増えてきた。団地・分譲住宅などという場所がもたらす、歴史・時間・空間感覚の空洞化をテレビというメディアが、情報源としてだけでなく、父母子などよき家族のイメージの指針とされるようになってきた。そのメディアの指針に合わせようとしてあわせきれない人に問題が生じ、一部の人が人格障害になるということが解ってきた。
 1960年代のマーガレットや少女フレンドに描かれている漫画、普通に社会・学校を生きることのストレスが先進的に示されている。
 団地化に適応できる人間こそが異常である。

 出会い系サイトを高校生の5割近くが利用しており、性交経験が女45%、男38%という統計がある。
 テレクラの最大の問題は、人間関係の流動性が増大していること。ステディになっても続かない、関係のたこ足化(前彼・元彼・メル友etc・・・)。
 人間関係の不全感による悪循環、格下げ・格上げの日常性。
 全面的・包括的な人間関係を求めるロマンはあるのに、そういう人間に行き会えないための不全感を埋めるために、出会い系サイトにアクセスする。テレクラの主体はシステムであり、相手との出会いに必然性が感じられないという不安が残る。

 今までは社会システムに適応できることがよいことで、適応できないことが悪いことであると、国・行政も適応させることに力を入れてきた。
 今はシステムに適応できないことは正常性のあかしである。
 不登校は増えている。登校拒否は学校をめぐるシステムに問題が生じていることの現れである。
 今は、どういう条件が整えば引きこもりにならないのかに、注意が移っている。
 システムに適合している人間こそが実りのない生活を送る可能性が大きい。
 この社会システムは適合するに足らずという、正常性に関する感覚をオープンに・・・。

 若者は
@ジョブホッパー(仕事を次々と変わる)は、合理的な判断ができる。
 今までの賃金体系がおかしい。長く勤めないと給料が上がらないので、職場の中で正しくないことを指摘できない。
Aやりたいことがない 学力低下、世界の中での東大大学院卒の学力は最低。
 外国の学校のカリキュラムは自分が小さいころから決める。
 目的意識を持つことで、勉強に対する意欲が違う。
B踏み固められていない夢
C人間関係を作ることができない

 教育の目標は、各個人が幸せになること。
 社会を良くするに足る人材(エリート)を育てること。
 外国では市民エリートが法律文書に目を光らせており、甘言を読み解く力を持つ。てにをはや句読点等による言葉の使い方に自由裁量権、官僚の入る余地がある。日本ではそういう市民エリートが育っていない。

 <感想>不登校・引きこもりこそが正常であり、今のシステムに適合している人間こそが実りのない人生を送る可能性が大きいという言葉にびっくりした。周りには物がたくさん溢れ、音楽・美術・演劇を始めとして、今の若者は色んなことで恵まれた環境にあると思う。しかし、人間関係の面で、本音を語れないなど、強い信頼関係を結べない状況にある。
 教育の目的は幸せになることであるのに、高い教育を受けても思うような職に着くこともできない今の世の中に、若い人が「生きるに足らず」と思うのも、無理もないのかもしれない・・・。

 
HOME