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講演会記録

講演会記録
「読みあいから見えてくるもの〜内なることばに耳をすます〜 村中李衣氏 

村中李衣さん

 本を読む・読まないの問題ではなく、他者と共に生きあうことに関心を持つことが大切。
 大神貞男さん(「読書療法 その基礎と実際」著者 文教書院)が救護院で聖書を伝えたように生きるヒントを授ける→one way 一方向 写真集・紙芝居と色々あるが私の場合は絵本。
 「きょうはね〜」と話し始める場合、その人との心の距離で声のトーン・早口などが決まる。
 そんなことから場を意識し始めた。
 読書療法は心理療法として始まった。
 「社会力」の門脇厚司先生
 余計な一言・余計な道筋・・・回り道から色んなことが見えてくる
 八百屋のおじさんの話・・・最近煮物の材料を買って行く人が少ない もやしやキャベツ・レタスを買って行く→家族が見えない
 煮物をする時間がない(鍋の文化→フライパンの文化)

 私の声はあなたと出会いたいという声
 こんなことを伝えたい・私を見てということを確認しあう
 学生にレポートや宿題なしで、絵本を読みたい人と読み会って感想を言ってもらう
 
「ボチボチいこか」マイク・セイラー作 ロバート・グロスマン絵 今江祥智訳 偕成社
 癌で長年入院しているおばあちゃんに読む
 同室のおばあちゃん6人との読み合いになってしまった
 どないしたらえーのんやろう・・・腹水がたまっとる〜(おばあちゃんたちの反応)
 病院から気持ちよく家に帰ってきてほしいという読み手の願い
 病院から彼岸へぼちぼち行こかというおばあちゃんたちの反応
 軽くて重い内容・・・語ることでもらう・その場にいることでもらうものがある
 おじいちゃん・おばあちゃん・赤ちゃん・・・あなたといるこの時間がうれしい
 学校は耳を萎えさせる・聞き入ることの喜びを削ぎ取っている
 おばあちゃんたちとの読みあいから、思わず生きていることを教わる

「誰かがいます」五味太郎作・絵 偕成社
 自分の居場所が見つからなかった女の子
 実・犬・・・私自身 森の中にわさわさした中に自分がいるけれど恐くて見られない
 「私がいました」(節を付けて読む)・・・勇気を出して振り返った時に自分がいない
 私と言わないで僕という女の子
 緑の鳥・・・見つめていてくれた 月・みんなが私
 誰かがいます(過去形ではない)
 五味太郎さん・・・何かを図って書くわけではない
 彼女の物語・他にもたくさんの物語がある

「ちゃんと食べなさい」ケス・グレイ作 ニック・シャラット絵 よしかみきょうた訳 小峰書店
 ・・・デイジーはおまめが大嫌い。それを食べさせようとママはあの手この手を使って食べさせようとする。・・・
 現実からの距離→ふっと自分が語れる
 手をふりほどく 食べてあげる・・・お母さんにため口をきけるのがうらやましい
 おかあさんと二人の生活 おかあさんの皿にも芽キャベツ
 ファンタジーの力 誰が誰も責めない
 生きあっている家族が確認された物語
 私とあなただからできること・見つけられるもの
 私しかできないこと・あなたしかできないこと・・・日常の生活体験を+イメージにして行く
 ユーモアの力 話してあげる→おかしみがある

 村中さんの子どもさん高2・中1
 授業参観日の算数 200円持ってりんご2個買いにいく、おつりはいくら?
 200ー(75×2)=50 50円のおつり(100円玉2個の暗黙の設定)
 村中さんは10円玉20個を持たせるのでおつりはない
 思っている物語が違う
 息子の友達のげんちゃん(曹洞宗の寺の子)の紹介で「暗夜行路」を読む(本を読んだことのない子)
 本は孤独な時間を保障するものとしてあったほうがよい、あることの重さ

「ジオジオのかんむり」中谷ちよこ・岸田衿子著 福音館
 お父さんと読む
 あることの重さ
 投げたボールの先のミットは自分の中にある(質問をした時答えは自分の中にある)
 ゆっくり行くと見えないものが見えてくる
 本は行くべき道を暗示するものではない
 絵本→外に向かう・共感
 読書←内に向かう
 語り出しの浄化装置
 揺れていることを大切にしてあげてほしい

Q.なぜ絵本だったのか?
A.写真集・紙芝居(時が連続しない)・・・世界の愛し方を込めている
  絵本・・・たくさんの声が聞こえやすいのが絵本だった
  めくった瞬間に今のページが過去になる・時間の感覚
  写真は物語の連続性が弱い
  開くと同時に私としての閉じ方を見せる
  人生の一瞬一瞬 また開く
  なぜ絵本? 楽しい・絵本を読んでいる時が一番幸せそうと家族に言われる
                                    

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