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「今、子どもの本にできること」   清水眞砂子氏  H16.11.25 於ユー・アイふくい

 チリで開催されているエイペックの晩餐会が中止されたという、久しぶりにうれしいニュースを聞いた。
 チリの大統領は、晩餐会の準備を自分でして、自分の手で中止した。
 ブッシュ大統領が参加者を金属探知器でチェックすることに講義して止めた。
 私のお招きした人を疑うのか・・・、人間としての誇りを示した。
 ローズマリー・サトクリフが「王のしるし」でフィドルスが真の王となった物語を思い出す。
 あんなに大切なことを世界の人々に伝えようとしたことがとても大切でとてもうれしい。人がまだまだ信じられると思った。

1 今、子どもたちは? そして、大人たちは?

 短大の学生を通して今の子どもたちを知る。一人一人が孤立している。solitude isolation 孤立化された状態にいることを感じる。
 携帯にたくさんメールアドレスを入れている→人と繋がりたがっているが、本当に打ち明け会って話をすることがない。
 人間について心について友人と意見をぶつけ合う機会がない
 1年生は児童文学は必修 
 2年は選択・・・他学部や他大学の学生やモグリの学生が授業を受けに来る
 友人が一生懸命勉強している姿を見たのは始めてという感想持つ
 授業とはこの程度のもの、友だちとはこの程度のものと思っている

 アメリカのロッキー山脈を10日間500kmの旅を友人夫婦の運転でした。
 友だちとは何かという会話で、いて便利な人、利用できる人という話があった。
 一人でいることができない人がどうして人と繋がれるのか・・・。一人でいることを知られたくないと思っている。
 「人間の成長は一人でいるときにおこる」→一人でいることの大切さ。一人でいなくていつ成長するのか。
 悩む・苦しむ・悲しむ力をなくした人たちが増えている。マイナスの感情と捉えるがそうではない。
 野田正幸さんが「多幸症」(幸福がっている)を生きさせられていると言っている。
 悩む・苦しむ・悲しむことは成長のチャンス!できるだけ取り除こうとする大人たち、学校の先生。
 事件が起こった時、一ヶ月くらい授業を止めてもよいと思う
 友人が殺された・・・できるだけ早く正常に戻そうとする。せっかくのチャンスをなぜ奪うのか?本気で考える必要がある。
 心の怪我をしないよう配慮をする。なぜあんなに配慮するのか。
 サトクリフは「思い出の青い丘」で70才近い頃、回想して書いている。
 奥さんのある男性を好きになる。膠原病で車いすの生活のサトクリフ。その車椅子を押してくれた人。
 お母さんは同情からの恋はうまくいかない、奥さんのある人ということで反対を受け別れた。
 お父さんは理解して受け止めてくれた人。でも私も傷つく権利があることをわかってくれなかった・・・と書いている。 

2 子どもの心の闇はおそろしい?
  悩む機会 苦しむ機会 傷つく機会を奪われていく子どもたち

 「トミーが3歳になった日」 文:ミース・バウハウス 絵:ベジュリフ・フリッタ 訳:横山和子  ホルプ出版社
 この本はテレジン収容所で絵を描いた父が息子のトミーのために描いた絵をもとに本になったもの。
 3才・・・始めて意識して自分の誕生日を迎える日。収容所では名前でなく番号で呼ばれ、いつ殺されるかわからない。
 平和であったらこんなふうな日があっただろうという絵を残した。太っていたずらで元気いっぱいの姿、包帯を巻いた姿。
 怪我をすることを含めて生きることの大切さを描いている。
 様々な過ちを犯すことは成長期には権利である。自由のあかしとして子どもに残した。

 子どもの闇が恐ろしいと言われるが、闇を持たずして何が人間か・・・。
 精神を病んで病院にいる教え子が手紙をくれた。私から狂気を取り除こうとしている。狂気なくして生きられるものでしょうか?
 狂気を取り除いたら人間か?この人の方が健康だと思った。鉤爪を取ろうとする、はい上がるには鉤爪が必要。

 
3 子どもたちは人間を知る環境にあるか

 カイロの友人からのメールで香田さんの殺され方が無抵抗で静かだった。他の国の人はもっと騒いでいた。
 おかしくはなかったかと・・・?うちの学生が同じ状況になったら
ほとんどが同じように静かに死んでいくだろう・・・。
 チリの大統領のような強い物を持っていない。
 
 子どもたちに人間を知るチャンスがどれだけあるのか?
 「トーク トーク」 カニグズバーグ・・・「コンピュータの前では人間はわからない」。
 編集者が電話は緊張すると言った 家族のことがわからなくなっている。
 同じ空間を共にしているが昔からわからなかったかも・・・?。
 教員の幸せ・・・学生の輝く瞬間を見る時がある・・・背伸び・素敵な所。親は子の一番ステキな所を知らないかもしれない。
 夫婦も同じ・・・もったいない・・・知るチャンスが少ない。
 車で移動することに(家の中の環境をそのまま持って行く)・・・電車・バスでは外部との出会いがある。
 父が席を譲る姿・母のやさしさ→ちょっと見直す。
 
 子どもたちが人に直に出会うことは少ない。
 親戚に泊まりに行くと変な叔父さんやおばさんに出会うチャンス。
 長谷川摂子さんの「人形の旅立ち」の「ハンモック」には、人形をハンモックで揺らすおばあさんの姿を近所の人々は、「だってあんなにたくさんの子どもを亡くしたから・・・」と描く。かつて私達が持っていた力、当たり前の日常の中の懐の深さをなくしてきた。
 
 人間に対する興味関心が薄くなっている。
 18才19才は自分中心の時代。心理的には子どもたちと一番遠い時。
 「クローディアのひみつ」カニグズバーグ著のように取り入れた物をゆっくりと膨らませないと雑音でしかない。

 大学は動物園・・・色んな人間を観察する所、生の人間に会う。
 学生がノートを取っている・・・情報に敏感だが、何がその人を作ってきたのか、その人の持っている物語への関心が薄い。情報だけでは生きられない。
 小さい時に絵本(「くんくん」「もりのなか」)に出会っている学生が少ない。
 生きるってどういうこと→どこに向かって手を伸ばすのか・・・物語をたぐり寄せる力がないと・・・。
 オウムに向かった人を責められない。手っ取り早く答えの出る本・安っぽい心理学・行き着くところはオウム。
 真面目に考えた学生ほどオウムに向かったかもしれない。
 早く答えに行きたい→オウムはきわめてわかりやすい答え。
 本来の物語は様々の対話・葛藤を体験する・・・それを省いてある。
 どうしたらいいのか・・・ハラハラ・ドキドキを体験・・・まだるっこい。
 物語を読んできた楽しさを伝える授業をしている。
 今の学生・・・物語を情報化する力に優れている(登場人物・舞台・作者・内容・・・)。
 情報を物語化する力・・・平和の碑の墓誌銘を全部読む・・・名前だけ読むのに時間がかかるのは何故か?。
 沖縄の童名・・・名前は物語 童名で生涯を過ごしたのか、子どもの頃に死んだのか、一人一人の名前の前で立ち止まる。

4 消費とイベントがおおいかくすもの

 短大、新入学生に聞く・・・子ども時代の一番幸せな思い出は?。
 どこかに連れていってもらったこと・何かを買ってもらったことと答える学生がほとんど。
 それ以外での一番幸せな思い出は?。
 幼稚園の時、おばあさんのお見舞いにおじいさんと電車で行く時、電車に乗っている間中、膝に手を置いてとんとん叩いてくれた。
 お母さんが靴下を履かせてくれた後、足を撫でてくれた。みんな幼年時代の小さな思い出を持っている。
 日常のどんなことに支えられているのか・・・幼い人が本当に力となるもの。消費とイベントが幸福を見えなくさせている。
 
5 情報と物語・ジャーナリズムの文章と物語

 岩波の「図書」岡真理さんが「椰子の木陰の文学」・・・ジャーナリズムの文ばかり・・・記号になってしまうと書いている。
 大切なのは人々がどのように生きたか、生の具体的細部。それなしには戦争が何を奪ったのか分からない、見えてこない。
 他者に対する同情を喚起するもの。
 戦争児童文学・・・戦争が何故悪いのか伝わっていない。
 島田雅彦さん 中上健二・・・ペシャワールで父の消息を探し求める少年。
 電話で聞けばわかることを毎日でかける。確かめようとするもどかしさ、迂遠さが小説。
 置き忘れてきたもの、捨て去ってきた。
 映画が描く生活文化は文学を越えているのではないか。「息子のまなざし」「父帰る」など。
 

 子どもの文学をどう考えるのか?。
 凡庸と見える日常が光と影に彩られている。
 凡庸なことは悪と西垣さんが80年代に書く。
 宮沢賢治の文学は日常の中に何を見て書いたのか。
 イギリス海岸・・・北上川に鮭が登ってきた・雁が帯になって飛んでゆく・白鳥が7羽飛ぶ・賢治と従妹の人に会う。
 児童文学・・・最後はハッピーエンディング。

6 物語の力

 物語の力・・・量的に読ませる方向に行っている。
 どうやって数えるのか・・・同じ本を毎日読んでいる子、1冊の本のことでずーっと考え続けている子など・・・。
 藤原和博氏 民間人校長
 脇明子さん・・・学生の頃に読んだ本は?生涯抱きしめたい本に出会っていない。
 1冊の本を大事にしている子どもも大事にしたい。

7 今、子どもの本にできること

 いつの時代にも光があること。今、絶望しろと迫ってくる時代、希望を捨てさせようとしている時代。
 世界に光があること 希望・願い・祈り。

 児童文学はステンドグラスかも・・・。
 鶴見俊介氏 「日本人の心U」・・・「子どもの本を読む力のある大人が世界を変えることができる」と書いている。
 新潟中越地震の被災者が一時帰宅した時のインタビューで、家の天井が壊れていなかった。
 どうせお父さんが貼った天井、落ちると思ったと語っていた。
 久しぶりに笑った・・・夫婦の日常が見えるようにあたたかい・・・。