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「日本百霊峰を歩いて」  講師 立松和平氏  H17.6.11 響のホール

立松和平氏

  昨日、宮本会長と白山登山をしてきた。宮本会長は76才、今まで100回くらい白山に登っている。
  雪があってルートがわからない、宮本会長がいたから登れた。白山は日帰り出来る山ではない。
  御嶽山は3000mを越えるが、ロープーウェイで中略できるが、白山は下から登る。
  ニュースステーションの「白山に登ろう」で1回登ったことがあるが、その頃は物がわからなかった。
  思想の中でどれだけ重要な山かわかっていなかった。
  砂防新道から登ったが、山頂からの眺望はなかった。

  永平寺のことを少し・・・。
  道元の小説を永平寺の機関誌「傘松」に連載して7年目になる。
  道元の小説はない。親鸞は女性との関係があり、文学のテーマとしては面白い。
  日蓮は権力との闘い、鎌倉幕府との対立、弾圧、如来使の使命、小説のストーリーとしては面白い。
  道元は志比荘で静かに座禅・・・小説を書くのに面白くない。毎月20枚、中国にも取材。
  母方が曹洞宗。自分の修行であるから書くのは苦しいのは当然。
  昨年、歌舞伎「道元」の台本書きをした。宮崎奕保禅師などの禅宗の人・檀家の人・8割の歌舞伎通を納得させる仕事でなければならないので大変だった。
  三津五郎他参禅会に永平寺へ。そこで朝日新聞の記者から歌舞伎の台本を書くことについて質問された。
  10回書きなおしてもめげない気持ちが大切と答えた。
  
  NHKスペシャル「104才の禅師」で、78代住職宮崎奕保禅師の取材があった。私がインタビュアー・・・難しい言葉をかみ砕く役目。
  禅師は3時30分起床、若い修行僧と一緒に行動される。
  お正月の雪の永平寺を撮りたかったが、禅師が北海道のお寺に帰ってしまったため撮れなかった。
  NHKのスタッフは優秀で、その間に資料映像などを撮影。撮影で残る重要な言葉は座禅とは何か?自然とは何か?という根元的なこと。
  座禅とは・・・「只管座禅議」に書かれている。
  自然とは何か・・・命とは何か?どうして生きるのか?どうして殺してはいけないのか?など一言では言えない。だから小説を書く。
  宮崎禅師は毎日日記を書いている。「雪が降る時はいつも決まっている。コブシ・桜・新緑・紅葉・雪、いつも一緒、これが自然じゃ。
  誰が決めたわけではなく、そうなってしまう、四季の流れが自然。」・・・流石に禅師の言葉。粗雑な質問に謝る。
  自分が恥ずかしくなる。
  宮崎禅師は、「全くえらくない。ただまねをしてきただけ(師匠こしお禅師の)」・・・だからえらい。
  一日の真似、三日の真似、一生の真似。最近は真似をされるような大人が少なくなった、
  道元禅師→如浄→達磨大師→お釈迦様の真似を一生かかってする。
  道元は若い時、中国の教えを学ぶ。全界全て隠さず(真理然るべく流れ明らか)
  あたりまえの山・水の流れが本当の真理。
  谷川のせせらぎ・風のさやぎ・時の流れ・自然の摂理を感じる。山の姿=釈迦の姿、自然の中に入るということはそういうこと。
  苦労して龍の玉を手に入れる・・・全てが龍の玉、真理はどこにでもある

  「山岳」に「百霊峰巡礼」を連載中
  泰澄大師・・・山岳宗教、山に登ることで全身に感じている。
  北海道のポロシリ岳・・・松浦武史郎が調査。アイヌの霊峰、山の上に海・砂浜・シロクマがいるという伝説
  萱野茂さんに登ると言ったら、パセオ神(家を守る神)に登山の無事を祈ってくれた。
  道が無く沢登りの100名山だが、小屋には人がいっぱいだった。
  カムエクはすばらしい山だが、百名山に入っていないので、誰もいなかった。情報化社会、百名山に殺到。
  百霊峰巡礼の意味・・・高いだけが尊いわけではない。
  山は霊地、征服する目的ではない。山に入って色々なことを感じる場所。ヨーロッパのアルピズムの影響か?
  霊地の回復をしたい、本来の山の姿に戻したい。山の本来の意味を考えたい。
  今57才、足かけ9年の仕事になる。
  日本のどんな小さな里山も霊地。故郷から見た山が一番。
  自分の出身は栃木、男体山(二荒山→日光)2397m。ふだらく、観音浄土。勝道が奈良時代末に開く。
  空海が「精霊集」に書いてる。日光輪王寺石碑にも残る。
  原生林、薮こぎ。深砂大王・神橋・沢にへびを投げて橋を架けるという伝説がある、四本龍寺。
  
  白山・・・天平時代 泰澄大師が開かれる
  御前峰 白山妙理大権現 本地十一面観音
  大汝   大己貴神 阿弥陀如来
  別山         聖観音菩薩
  山岳宗教はよくわかっていない。昔の登山道は尾根道を真っ直ぐに登っている。
  早く山頂に行く、厳しい修行。白山の本来の道も尾根道。霊地に登る人の心がまえと近代登山は違う。
  男体山に登った時、朝東京を出発し、午後から登った。
  暗くなり、懐中電灯を持たず登山者もいなくなる。中禅寺湖の灯りがかすかに見える。
  遠くで偉そうなことを言っても助けにならない。一緒に歩いてくれる人がほしい。
  前を歩く懐中電灯の女性に4人が救われた。
  人の救いは少し前を歩いて懐中電灯を持っている人、前をきちんと歩いている人。
  ホスピス・・・確実な死・迷っている人 少し前を歩いていて、助かった人がよいが安らかに死んだ人でもよい。
  善光寺如来・・・日本で最も古い、聖徳太子より古い仏様
  (百済の聖明王より欽明天皇に献上、悪疫流行の因により海に捨てられたものを本田善光が拾い一寺を建立)
  体内くぐり・・・鼻をつままれてもわからない全くの闇・前の人の髪が頬にかかる気配。前を歩く人のけはいが頼りになる。
  「大法輪」に聖徳太子の小説を連載中。
  物部守屋(神道)と蘇我氏(渡来人)の仏教を巡る宗教戦争。蘇我氏が勝つが、前のもの(神道)を壊していない。
  神仏習合、神仏の思想。お寺の背景に神社がある。両方を生きながらえさせる。
  幕末のイデオロギー(水戸学・尊皇)・・・仏教を排斥
  磐梯山・・・磐梯神社・法相宗 徳一法師 恵日寺建立(三千坊) 神仏分離令
  筑波山神社→仏教をはぎ取っていく
  神仏分離がなかったら山の世界は全く違っていただろう。
  白山は弥陀ヶ原という地名が残る。羽黒山は御田という字を使う、仏教を排斥した跡が名前を変えて生き延びた。
  信仰のけはいが色濃く残ることを感じる。それを土の中から発掘する旅だと思っている

  バブル経済は精神性を破壊した。
  蔵王(吉野蔵王堂より山の神を鎮めるため)・・・水源、農民の尊敬を集める場所だった 里・奥の院
  かくた神社を移し今は車で御輿を移動 山伏の火祭り 農耕祭礼 ・・・今は道さえない 山をお金儲けの対象にした
  赤城山(群馬県)の黒檜山(くろび)・・・奥宮 里宮(村ごとに) 養蚕地帯 祭礼で人が登ってくる
  戦後観光会社が神社を移動・・・観光開発の予定だったが結局しなかった こういうことをしていいのだろうか?
  山気・修験道・・・縄文時代より続く・・・木彫・木仏(日本独特)は山の木を使う
  古事記・日本書紀以前の名前(文字を持つ前)→名前が読み替えられている
  「役の行者」を連載中 奇石・神霊・・・仏教とは別な物を感じる。悲しみのようなものが迫ってくる
  信仰心に関わるものは昔とは違ってきてしまった。精神の自然が連綿と伝わっていることを考えたい。
  近くに簡単に登れる山 泰澄・・・伝説上の人物 影・足跡を感じる。山の中にはっきりと残っている。
  今の時代に繋がっている。明日は泰澄大師の開かれた越知山に会員の皆さんと登る予定。

  植林・・・400年に1回大きなお寺の建替がある。
  足尾銅山にNPO法人で植林、15人から1500人に賛同者が増えた
  「人の心に木を植えましょう」・・・こちの森 直径1mの檜・楠・欅・桧葉
  林野庁と10カ所に植樹・・・鞍馬・若草山・高野山・裏木曽・筑波山・江差他
  法隆寺の大伽藍を誰が守るのか?100年に一度屋根瓦の葺き替えがある。享保の大修理の後m昭和の大修理が終わった。
  次は400年後。 
  伊勢神宮は森があり、木がある。
  法隆寺は300年に1回五重の塔の芯基取替・・・日本の材がない。杉350年、檜1300年の耐久性がある。
  「古事の森」・・・木造文化財全部を守る森。森のない木造文化、森を作る、国有林でやりたい。台帳に記載。 

 平成14年度「禅をきく会」の立松和平さんの講演記録 「私の道元さま」へのリンクはここです。
 立松和平さんのホームページはここです。

  

 

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