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池田先生とスライドを見る会 H17.11.19 於:福井大学
                  「星の王子さま」 サンテク・ジュペリ(フランス)  講師 池田正孝氏

                                     星の王子さま

 翻訳権が昨年切れて,いろんな人の「星の王子さま」の翻訳本が出版されている(岩波書店・内藤濯訳が定本)。
 宝島社(倉橋由美子)・集英社(池澤夏樹)・論創社(三野博司)・中央公論社(小島俊明)・みすず書房(山崎健一郎)・グラフ社(川上勉・廿樂 美登利)・八坂書房(藤田尊湖)などの訳で出版されている・・・。
 池澤夏樹さん訳も面白かった。
 作者のサンテク・ジュペリは「星の王子さま」を書いて間もなく戦死する。
 他の著書に「南方郵便機」「夜間飛行」「人間の大地」他。

 1900年6月29日貴族の長男としてフランス リヨンで生まれる。1944年7月31日戦死 44歳
 4歳 父が死亡、伯母ガブリエル・ドリコー伯爵夫人のサンモーリス・ド・レマン城で子ども時代を過ごす。
 12歳、夏休み国民的英雄だったジュール・ヴェドリーヌにアンベリューの飛行場で初めて飛行機に乗せてもらう。
 15歳、弟フランソワの死。
 20歳、海軍兵学校を受験するが失敗。美術学校の建築科に入学。
 21歳、2年間の兵役期間・・・ストラスブールの航空隊に配属。
     その後モロッコのラバトにある第37飛行連隊に転属し、民間操縦士と空軍操縦士の資格を取る。
 23歳、不時着事故で頭蓋骨骨折、婚約解消。
 26歳、「飛行家」が雑誌に掲載。アエリエンヌ・フランセーズ社で遊覧飛行の臨時パイロットとして採用。
     ラテコエール航空会社に操縦士として採用される。メルモーズ・ギヨメと知り合う。
 27歳、ツゥールズとカサブランカ間,ついでカサブランカとダカール間の郵便物輸送にあたる。
     姉マリー・マドレーヌ死去。中継地キャップ・ジュピーの飛行場長となる。
 29歳、「南方郵便機」出版。アルゼンチン飛行会社の支配人となる。ブエノスアイレスとブンタアレナス間の郵便路線を開く。
 30歳、アンデス山脈に不時着した同僚のギヨメの救出にあたる。アルゼンチンでコンスエロ・スンシンと出会う。
 31歳、スンシンと結婚。親会社の内紛でアルゼンチンでの地位を失う。
      「夜間飛行」が出版され、フェミナ賞を受賞。英訳され映画化。
 33歳、全ての航空会社が合併し、エール・フランス社が発足、内紛の中傷で入社を拒否される。
 34歳、エール・フランス社の宣伝課に入社。サイゴンまで長距離飛行するが、メコン川で不時着事故を起こす。
 35歳、パリ・ソワール誌派遣記者としてモスクワに滞在。
     脚本を書いた映画「アンヌ・マリー」が成功を収める。
     この報酬で最新のシムーン型飛行機を購入。
     賞金のかかったパリ・サイゴン間の最短記録に挑戦して、夜リビア砂漠の不時着、三日後に隊商に救出される。
 38歳、ニューヨーク・ホーン岬間の長距離飛行に挑戦。グァテマラで離陸時に事故を起こし、全身8カ所骨折。
 39歳、「人間の土地」出版。ニューヨークでリンドバーク夫妻に会う。対ドイツ開戦、招集。
 40歳、「城砦」の執筆。アラスカへ決死の低空偵察飛行、6月アルジェリアに移動。8月除隊になり帰国。
     アメリカの参戦を促すため、渡米。
 41歳、「戦う操縦士」の執筆。
 42歳、「戦う操縦士」出版。「星の王子さま」執筆。フランス全土がドイツの支配下に入る。
 43歳、「星の王子さま」出版。偵察飛行大隊に復帰、サルディニア島アルゲーロ基地に配属。操作ミスによる着陸事故。
 44歳、コルシカ島ボルゴ基地に移動。グルノーブル・アヌシー方面へ高空写真偵察に任務で、ボルゴ基地を飛び立つが帰らなかった。
 2003年10月、墜落地点がわかる。

 アンベリュー飛行場
 ツールズ航空基地
 パリ サンジェルマン教会 カフェ・ドゥ・マゴ(喫茶店)・・・サルトルやピカソも愛したお店
 シャナレイユ通り5番地の下宿
 アンバリッド廃兵院
  「星の王子さま」の中のバラの花の自己顕示欲・わがまま
 ジュペリ・・・行動の人・行動で示す
 神奈川県箱根に世界で唯一の「星の王子さまミュージアム」がある。
 リヨンの東アジア研究所 ベルクール広場に星の王子さまの銅像あり
  アルホンス ホセ 8番地3階に生まれた建物が残っている
  フルピエールの丘・・・ノートルダム教会
  ソンヌ・ローヌ川に挟まれた町・・・オールドタウンはフィレンツェ様式 絹織物がイタリアから移ってきた

     

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