おさごえ民家園       

  

 用事で福井まで出たついでに、前から行きたかった橘暁覧記念文学館に行こうと思った。
 細かく地図を調べて行かなかったので、足羽山を目標に車を走らせる。
 たしか愛宕坂茶道美術館と一緒にあったと思うが詳細は不明・・・。
 足羽山をドライブするうちに、おさごえ民家園のある南側に出てしまったので、ついでに見学して行くことにする。
 かなり広い敷地に5棟の民家と1棟の板倉が移築されている。

 駐車場からの風景は、緑がいっぱいで気持ちがいい。

 

 1棟目は城地家住宅、大野市蕨生小字城地出に建てられていた。
 嘉永5年(1852)野中村の棟梁大久保源次郎らによって建てられた。
 中に馬屋もあり、畳敷きの間は江戸時代後期からとか。板敷きの空間や囲炉裏が気持ちがいい。
 城地家は3000坪もある広い敷地を持ち、壕と土塁に囲まれ、主屋背後の小高い丘には屋敷神を祀るような旧家とか・・・。
 コッコッと鳴く鶏が印象的だった・・・(^^;)。

 蕨生村は元禄4年(1691)以降勝山藩に属し、城地家は代々六右衛門を名乗ることが多く、慶応2(1866)には苗字帯刀を許されたそうです。茅葺の入母屋造。
 座敷は12畳半と広く、仏間、式台とも10畳間。
 1階の床面積は1階が84.5坪、中2階が31.9坪とか・・・。

  規模相応に柱、横架材とも太く、がっしりした構造。中柱は欅で、太さは1尺2寸角とか・・・。


 炉の上のあま(火棚)は多くの古民家とは違って、高い位置に木枠を角材で吊り、自在鉤は太い丸竹に通した大きな滑車から吊り下げられていて、滑車は2個通してあり、その位置は炉の長手の方向に自在に移動できるようになっているそうです・・・。

           


旧岡本家住宅 

 

岡本家住宅は上中町有田の500坪を越える敷地に18世紀中ごろか18世紀前期に建てられた。
 主屋は茅葺入母屋造平入、軒が低く古風。 

 庄屋層の住宅でありながら座敷が畳敷きではなく、江戸時代の中期まではさかのぼるものとか・・・。

囲炉裏は、嶺南では自在鍵ではなく、五徳をを用いるのが普通とか・・・。
お茶をいただきながら、色んなお話をうかがった。
山登りをされる方だったのでよけいに・・・。
橘暁覧記念館への道も教えていただく。
薪をくべるのだが、消し壺も健在だった。

 


東側から写す。
簡素だが機能的な家。
長い間の試行錯誤の中で、風土に合った形が残されてきたのだと思う。



旧土屋家住宅


 ロープが張ってあるのは、台風を防ぐためで、10月始めころに外す予定とのこと。
 目下屋根の茅葺を取り替え作業中だった。

 土屋家住宅、金津町前谷。建築は幕末から明治初期にかけて、金津町の御簾尾の大工平造によって建てられた。
 土屋家は、頼朝の家臣和田義盛の三男朝比奈三郎義秀の末裔で朝倉義景にも仕えたとか、代々治(次)郎左衛門あるいは権右衛門を名乗った。

 前谷村は江戸時代を通じて139石余の村高を持ち、貞享3年(1686)福井藩領から幕府領となり、文政3年(1820)再び福井藩領となった。土屋家は幕領時代を通じて、前谷村の庄屋あるいは前谷村周辺の組頭(大庄屋)役を勤めた。また、幕府領米の廻漕に当たる納庄屋にも何度かなっているとか・・・。  


  

旧蓑輪家住宅

  蓑輪家住宅は今立町月尾谷八石集落。蓑輪又兵衛家はここで古くから庄屋を勤めてきた家柄。
  敷地面積は約690坪である。  


旧梅田家住宅

梅田家住宅はもと福井市浄教寺町にあった。天保末から弘化年間(1844〜1848)の建築。



 灯りが自然光とあんどんのあかりで、昔は今と比べると家の中も暗かったことを実感。
 しかしこうして写真に写すと幻想的な気がする。糸車や農具、草鞋などもたくさん置かれている。何だか不思議な空間にタイムスリップしたような・・・。


 屋根は茅葺で寄棟造妻入、前方右手にウマヤなどをおさめたつのやを付ける。
 妻入の越前・型で、この型としては橋本家住宅(大野市、重文)より一般的。ナンドとオイエの奥にザシキとブツマを設け、ニワの右手にウマヤをつのやとして張り出しているなど、橋本家住宅より一回り大きい。大戸口の正面奥に仏壇を祀るのは越前・型と・型共通の特徴で、妻入の間取りと奥深い荘厳な空間を演出する効果大。仏壇の背後に大きな開戸を設けるのは、火災など非常の際に大切な仏壇を安全に運び出すためといわれる。
 
  

 旧山下家板倉

 

 勝山市北谷町小原、交通の便が良くなったが、それまでは山深い谷間に隔絶された山村であった。険しい山腹にへばりつくように家々が並ぶ景観は、福井県には珍しい板葺きの石置き屋根であることもあり、古くから度々紹介されたところ。また、越前側から白山へ登るルートの中継地でもあった。

 木材の豊富な山間の村々では、壁を板で作った倉が建てられた。土蔵に比べ板倉は火災に弱い。貴重な穀物や家財の類焼を避ける為に、集落から離れた険しい谷の向かいの斜面に、各家の倉をまとめて建てた。宅地が狭い山村では、母屋に隣接して倉を建てる余地が無かった為でもある。小原ではそこを倉屋敷と呼んでいた。瓦葺きの土蔵と異なり、茅葺きや板葺きの板倉では火災に一層の注意を要したのである。この倉もそのうちの1棟で、慶応年間頃に建てたそうです。

  

〒918-8011 福井市月見5丁目4番48号
■開園時間 9時〜16時30分(ただし 棟使用については21時まで)
■入園料
大人(15歳以上)……………………………………100円
小人(15歳未満)…………………………………… 無料
団体大人(20人以上)……………………1人につき50円
■休園日
毎週月曜日(休日の場合はその翌日)
国民の祝日の翌日
年末年始(12月28日〜1月4日)
■お問い合せ
福井市おさごえ民家園管理事務所   0776-34-3794
福井市公共施設等管理公社      0776-20-5684
福井市教育委員会文化課       0776-20-5367  

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