PAUL McCARTNEY IN CONCERT
driving japan
2002.11.17大阪ドームライブレポ

プログラム

1.Hello Goodbye
2.Jet
3.All My Loving
4.Getting Better
5.Coming Up
6.Let Me Roll It
7.Lonely Road
8.Driving Rain
9.Your Loving Flame
10.Black Bird
11.Every Night
12.We Can Work It Out
13.You Never Give Me Your Money〜Carry That Weight
15.Fool On The Hill
16.Here Today
17.Something
18.Eleanor Rigby
19.Here, There And Everywhere
20 Calico Skies(大阪のみ)
21.Michelle
22.Band On The Run
23.Back In The U.S.S.R
24.May'be I'm Amazed
25.Let 'Em In
26.My Love
27.She's Leaving Home
28.Can't Buy Me Love
29.Live And Let Die
30.Let It Be
31.Hey Jude

アンコール1

32.The Long And Winding Road
33.Lady Madonna
34.I Saw Her Standing There

アンコール2

35.Yesterday
36.Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band(Reprise)〜The End  

 もやがかかったような場内。ジュースの販売があったりとくつろいだ雰囲気。正面の外野席はけっこう空いている。開演10分前になってもまだ入場者が続く。帰りの最終新幹線に間に合うのか心配になってきた(^^;)。
 若い人も多いけど年輩の人も多い。こういう風に年代を超えて楽しめるのはクラシックとビートルズくらいのものなのだろうか。そう考えると、今の若い人にも受け入れられるだけの音楽を作ったビートルズって偉大だと言える。

 開演の6時を20分ほど過ぎて、通路から貴婦人が登場、大きなバルーンを持って歩く人、巨大な花のバルーン、山高帽子の紳士が傘をさして歩く。

 舞台ではフラメンコ風の踊り。バレリーナが二人優雅に踊っている。中国の剣劇の対決、着物姿の女性、ピエロの玉乗り、箱に入った美女・・・、ポールの見た夢が再現される。

 ポールがようやく登場、「Hello Goodbye」から始まり客席はいきなり総立ち、拍手と手拍子の渦となった。ポールは薄紫のジャケット、下には真っ赤なTシャツにジーンズ姿。あとはジャケットを脱いで、Tシャツとジーンズの若々しい姿だった。

 2曲目はウイングスの「Jet」。「Jet」のフレーズでこぶしを突き出す動作を会場一体となって。昔は自意識過剰で自分を解放することができなくて、音楽を心から楽しめなかったが、今は自然にリズムに乗ることができるのがうれしい。この曲が終わってポールは日本語で「大阪、もーかりまっか。皆元気かい?」と挨拶。「All My Loving」は「Close your eyes and I’ll kiss you Tomorrow I'll miss you」とポールの声が懐かしい曲を歌う。客席に手を振りながら、今夜は楽しもう!。「Getting Better」「Coming Up」とアップテンポな曲が続く。「Getting Better」はイブ用に作った曲だけど、イブに歌ったことがないとポール。「Band On The Run」の中の「Let Me Roll It」を歌い終わって、「まいど」と大阪弁で。

 1塁側と3塁側に巨大スクリーン、正面にも小型のスクリーンがあるので、肉眼で見ると豆粒ほどにしか見えないポールの表情もしっかりと見える。今回は同時通訳の方がいて、ポールの言葉をすぐに翻訳してくれる。初の試みとか。やってみようと、「僕の猫の毛は緑色」。

 新しいアルバム「Driving Rain」の中から3曲、「Lonly Road」「Driving Rain」「Your Loving Flame」。
 「Driving Rain」はアメリカツアーの時に、やっと取れた一日のオフが雨で、車でドライブに行った時にできた曲とか・・・。アップテンポで、「12345 Let’s Go 678910」というフレーズでは、スクリーンに写った数字も一緒に踊っていた。ピアノへと移動する間、ドラムスのエイブを紹介。エイブは日本語で「ロックするぞー」と叫ぶと、ポールも「ロックするぞー」。
 「Your Loving Flame」は、特別な人「奥さん」(日本語で)のための歌、ヘザーへの曲である事を紹介していた。

 アコースティックギターにかえて「Black Bird」。1960年代アメリカ南部の若い黒人のために作った曲であることを紹介し、日本語で「人権問題」と言っていた。続いて「Every Night」「We Can Work It Out」もアコースティックギター1本で。アレンジはちょっとジャズ風。「We Can Work It Out」の「Life is very short,and thtere’s no time」というフレーズは、ジョンの「In My Life」の中のフレーズと対を成している気がする。2曲とも作られたのは1965年。若い頃はどうということもなく何気なく聞いていた歌詞も、作った人が亡くなったり、時が経つことでとても味わい深いものになっていくことを感じるこの頃、まー自分が年をとったということかもしれないが・・・(^^;)。

 今回のポールのコンサートは若いカップルから年輩のお父さんがたまで、幅広い年代の方が楽しめる。ポールがソロになってからの曲に反応する人、ビートルズナンバーになると元気になる人と、年代を超えて楽しめるのは、やっぱりビートルスの力か、ポールの力か・・・。

 サハリ模様の電子ピアノが登場。「You Never Give Your Money」から「Carry That Weight」を中にはさんで1曲に仕上げている。
 続いて
「Fool On The Hill」の前奏が演奏されると拍手がおこった。

 「Here Today」では、アコースティックギターに持ち替えて、「ジョンのために拍手を」とポール。会場からはしばらく拍手が鳴りやまなかった。日本語で「僕とジョンの対話」とポール。ジョンへの追悼のための曲。この曲の間、スクリーンにグリーンのバックにデイジーのような黄色い花がいくつかくるくると回っている映像が映し出されて、色んな形に変形して行く。ポールのコンサートだし、涙は出ないと思っていたが、この曲は歌詞の持つ力、言霊というようなものがあって、言葉は違っていてもポ−ルの深い悲しみが伝わってくる。心のこもったいい曲だった。音楽の持つ力、人間の根底にある深い悲しみ、かけがえのない人を失ったやり場のない思いそんなものがまっすぐに伝わってくる気がした。高い声の「ウ〜」というハミングにポールの全ての想いがこもっている・・・。

 ウクレレに持ち替えて「Something」をハワイアン風なアレンジで。これはジョージの作った曲で、追悼のための曲。「ジョージはウクレレが好きで、これもジョージにもらったものだ。」とポール。「でもジョージは弾き方が違うよというかもしれない」と、もっと速いテンポで弾きながら1フレーズを歌っていた。

 この後「Eleaner Rigby」。この曲順がいいなと思った。この曲は随分長い間聞いたことがなかったが1番を覚えていることに気づく(^^;)。
 「Here, There And Everywhere」の後、東京ではやらなかった、大阪のための特別な曲、「Calico Skies」。「フランスに行こうか」と日本語で言い「Michelle」を。この2曲にはアコーディオンが使われていた。
 

 「Band On The Run」では、スクリーンに客席の英国旗や大きな手の形、曲名を書いた紙などが次々と映し出されていた。
 
「Back In The U.S.S.R」はノリの良い曲。
 「May’be I’m Amazed」でピアノに移動する時にギターのラスティを紹介。彼はデジカメを持っていて、記念写真を撮ろうと言って「みんな寄って」と言いながらシャッターを押していた。

 「My Love」もいい曲だった。ポールのピアノソロで、スクリーンにはリンダやウイングスの頃の写真も写し出されていて、聞いていて胸が熱くなった。大切な人を失うことの辛さ、楽しかった日々の思い出、色んなポールの気持ちの込められた曲だった。

 約2時間30分ほどのコンサートの中で追悼の曲が3曲。ジョンとジョージとリンダのための曲。ビートルズ結成から約40年、ポールに残されている時間もあまり多くないのかもしれない。でも60才になっても真剣に音楽を愛し、すばらしい曲を生み出し続けているポール。新しいアルバム「Driving Rain」を買ってみよう。熱心なポールファンでもなく、 「Band On The Run」と「off The Ground」くらいしか持っていない、なまくらなビートルズファンとして・・・。ポールには、いつまでもビートルズの栄光を背負って輝いていてもらいたいと勝手なことを思うのであった・・・(^^;)。

 電子ピアノに替えて、「She’s Leaving Home」の後の、「Can’t Bye Me Love」のスクリーンの映像は、「ヤア!ヤア!ヤア!」の公園で100mのコースで兎跳びをしたりダンスをして遊んでいる場面が映し出されていた。白黒の映像だったと改めて思う。そういえば「Help!」はカラーだったな・・・。

 「Live And Let Die」はギターに換えて。火花と爆音が炸裂、耳にも体にもズシーンとこたえた。ポールは煙を追い払う仕草を何回もして、煙たいことをアピールしていた。

 「Let It Be」はポールのおなじみのピアノのイントロから始まった。何回もCDでは聞いていても、ポールの肉声で聞くのは始めてだったことに唖然とする。ジョンの肉声は結局一度も聞けなかったし、今後ももう聞けない。

 「Hey Jude」は再び電気ピアノが運ばれて、弾きながら。みんなで一緒に「ラ・・・・・Hey Jude」を合唱。「次は男」「次は女」「一緒に」と長い長いコーラス、会場が一体になった時間だった。

 アンコールは「The Long And Winding Road」「Lady Madonna」「I Saw Her Standing There」
 鳴りやまない拍手に再びポールが登場。アコースティックギターで
「Yesterday」の最初のイントロを弾く。歌詞も味わい深い。単なる失恋の歌と捉えてしまえばそれで終わりだが、人生全体と捉えればまた深い意味を持つ。昨日までと全く違ってしまう人生。失ったものの大きさを知る。
 最後に
「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band(Reprise)〜The End 」。ポールは何度も大きく手を振って声援に応えていた。

 

 おまけ

 コンサートが終わったのは9時15分。それから急いで地下鉄で新大阪駅まで行く。新大阪駅に着いたのが9時50分。最終新幹線は9時54分、米原で加越に乗れないと、12時発の急行北国で、夜中の2時着、家に帰ると3時になってしまう、一時は北国を覚悟したが・・・(^^;)。ダッシュで走る人たちについで新幹線乗り場へと走る。これだけ全速力で走ったのは何年ぶりだろう。新幹線の中で、吐きそうと言っていた人がいた。体力がないとこういうことは無理だなと思う。だんだんと億劫になって色んなことをあきらめていくんだろうな。こういう機会を与えてくれた娘に感謝(^^)。
 で、家に帰ったのは1時ちかく・・・。

 

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