「旅をする木」

 
 星野さんの本を読んでいると,涙が知らず知らずのうちに出てくるのは何故なのだろう?一つ一つのエッセイが文庫本の3〜4枚ほどの長さなのに,一つの章を読み終わっても,すぐには次の章へ移れない。しばらくその内容やそれから連想される事,自分はどう思ったかを心の中で色々と考えている。考える事を触発される文章のようだ。必ず,書き写して身近な所に置いておきたい言葉がある。それは星野さんの文章だったり,星野さんが出合った人の語る言葉だったりする。

 たとえば友人のカメラマンが,星野さんの結婚祝いのパーティーで奥様に「いいか,ナオコこれがぼくの短いアドバイスだよ。寒いことが人の気持ちを暖めるんだ。離れていることが,人と人とを近づけるんだ」という言葉だったり,ミッドウェー会戦で夫を失ったある米兵の妻の「なぜ人々が過ぎた日々をなつかしみ死者を存在させつづける信仰を作ったのか,今わかります。ひとつの生命が,深く愛し頼り切っていた人が存在しなくなってしまうことを,人の心は許容できない,認めることを拒否するからでしょう」だったりする。

 ”春の知らせ”の中で,
 「カリブーの仔どもが寒風吹きすさぶ雪原で産み落とされるのも,一羽のベニヒワがマイナス50度の寒気の中でもさえずるのも,そこに生命のもつ強さを感じます。けれども,自然はいつも,強さの裏に脆さを秘めています。そしてぼくが魅かれるのは,自然や生命のもつその脆さの方です。
 日々生きているということは,あたりまえのことではなくて,実は奇跡的なことのような気がします。」
 と,書いているが,今自分がここに居ることの不思議さ,いろんな人と出会えた事の不思議さをよく思う。何故今この時代なんだろう?,何故ここ日本なんだろう?なぜこの人なんだろう?と考えても答えは出ないのだが。やっぱりその場所に生まれて来たことも,出合う人にも何かの意味があるんだろうなあ。
 そんなことを考えさせられるのも,星野さんの本を読むことによってだ。
限りある生命を持つ人や動物や植物が,過酷な自然の中で健気に生きていることが愛おしいからなのかもしれない。
 こんな事をあれこれと考えながら読んでいると,なかなか読み終えることができない。でも,そこがいいのだが。

2000.1.7

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